子供を失くしたことは。
矛盾だらけだと思うけど。
誰にも話したくない知られたくない思いと
何もなかったかのように沈黙を貫くこと
どちらにも苦しみを知りました。
死はネガティブな要素が多く
タブー傾向が強いし
死からポディティブな変化を
すぐに求められるのも苦しい。

寿命に順番はないのかもしれないけど。
子供の死、特に出産前の死は
沈黙が当然とされていて
そのことはワタシにとって
矛盾を含め重く苦しいことでした。
未婚でお腹が膨らむ前に失われた命なら
周りは当然何もなかったように扱うし
ワタシも子供の死による喪失感や罪悪感を
何もなかったように振る舞って
一人で向き合わなくてはならない。

4度子供を失くしたから思うことは。
最初の流産の後
ワタシは自分の傷と向き合うべきだった。
強がりが強さに変わるわけないのだから
「意味がない」と云った彼に
向き合う勇気を持つべきだった。

双子を流産し、カズさんが亡くなった後。
ワタシは自分の悲しみや喪失感を
真っ正面から見つめるべきだった。
しっかりと抱えるべきだった。

悲しむことを避けようとして。
仕事や予定を詰め込んで誤魔化したり。
誤魔化せるのは一時だと気付いていたのに。

時間が経って、繰り返すふとした瞬間に
どんどん飲み込まれてしまって。
日常の中で目に写る
赤ちゃんや子供や家族連れに
苦しさを感じたときに向き合うべきだった。

悲しむ行為は確かに辛い。
亡くなった事実を
受け止めないといけないから。
ただ、そうだとしても
然るべき時にきちんと悲しまないと
後悔も喪失感も罪悪感も
大きくなってしまい
自分の手に負えなくなる。

ちゃんと泣けばよかった。
先生にちゃんと話せばよかった。

命を宿したこと。
亡くしたこと。
その事実と生涯消えない記憶を
汚さないために
過ちを罪に変えないためにも
向き合わなくてはいけなかったのに。
繰り返してしまった。
汚してしまった。