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   パソコンの画面に、
「お母さんを助けてください」と、打ち込まれている。
   ぼろアパートの狭い部屋に、世帯主のミチコ姫を筆頭に、前薗、中薗、下薗、楠薗、三反薗、神薗、馬場薗爺さん達も、居る。
「引き受けるのかい?」
   前薗爺が、訊ねると「あたり前田のクラッカー」とミチコ婆はニヤリっと、笑う。
「ひとりで悩んでないでなんでも相談に乗ります」
   それが、このサイトの謳い文句だ。

   宮下木の実は、小学五年生の活発な女の子だ。
   お父さんが、事故で三年前に亡くなってからも、陰日向とお母さんの宮下優子を支えている。
   木の実が気づいたのは、つい、最近だった。
   お母さんが男の人と、付き合っている。
   それは、まだ木の実には理解しがたい行動に映ったかもしれない。
「お父さんが、たったひとりの、お母さんの大切な人」
   そう思っていた。
「大志」と、呼ばれるその、現在愛人はことあるごとに、宮下優子を怒鳴り散らし、暴力を振るった。
   木の実の前でもだ。
   大志という男が居ないときに、お母さんに尋ねてみた。
「どうして、あんな酷いことする人と、会うの?」
   すると、優子は、
「暴言も暴力も、お母さんがみんな、悪いからよ」と答える。
   木の実は、納得しない。
   そこで、クラスメートの金子(きんこ)に訊いてみた。
「ねぇ、お母さんが大変で、いじめられてるの。なんとか助ける方法はないかしら?」
「あるよ」
   金子は即答だ。

   木の実が学校で家に居ない、お昼過ぎ。
   近くのスーパーのレジ打ちの仕事が休みで家にいた優子を、大志が訪ねてきた。
   金の無心だ。
「これだけしかないの、お給料前で」
   そう、言葉少なに差し出す、数千円を見て、
「なめてんのか、おぅっ」と大志は軽く、優子の頬を、平手で叩く。
「そ、そんな・・・」
  怯えながらも、身体の芯が疼いている。
  そんな優子を見下すように見ながら、
「お前、マジ、変態だな」と優子の体をところかまわず、平手打ちする。
   お互いの感情が高まっていく。
   
   窓から差し込む陽射しが、柔らかい。冬の寒さを窓ガラスの外に追いやり、温もりだけを享受する。
   優子は、身繕いをしながら、コーヒーを入れようと、キッチンへと足を運ぶ。
   ガサゴソと音がしていた。何だろうと優子がコーヒーを淹れて部屋に戻ると、大志が手に持っている通帳に気づいた。
「そ、それは、ダメです」
   木の実の貯金通帳だった。
「うるせぇよ!印鑑、寄越せよ」
   大志は、優子の頭を抑えながら脚を掛けて、横倒しにする。
   そうしておいてまた「興奮してんだろ、変態っ」と嘲笑する。
「いやっ、いやっ、それだけは、勘弁して」
   懇願するも受け入れない大志は、次々と引き出しを開けては、投げ散らかす。
   そして、見つけた。
「手間とらせやがって」
   大志は、言う。カードとか作れよ、いまどき。とも言う。
   優子のなかに今まで、感じたことのない情念が生まれた。
   大志は、意気揚々と玄関に向かう。
「あんたっ!」
   今まで聞いたことのない優子の声に、振り返る大志が見たものは、出刃包丁を腰高に構える、必死の形相の優子だった。
「お前、なんだよ、マジかよっ?」
   大志の顔に、初めて怯えが、滲む。

   殺ってしまった。どうしよう。
   優子は、床に腰を落として、目の前の玄関に、血まみれで倒れている大志を見つめて、目を瞑(つむ)る。
   その時。
   玄関のチャイムが鳴り、
「こんにちは。警察です」と声がする。
   襲われている最中ならば、グッドタイミングだけれど、今このときは、最悪だ。
   死体を隠さなければ。と、思うけれど、何処に隠そうか?
   考える間もなく、鍵を閉め忘れたドアが、開く。
「あちゃぁ!殺っちゃいましたね」
   制服警官の姿をした前薗と下薗は、顔を見合わせる。
「とりあえず、わしらと来なさい。現場は、わしらの仲間が、片付けるから。なんも、心配はいらんよ」
   そう言って、優子を落ち着かせるためか、ニコリと笑う。

                                                       「2016年12月11日」

Koichi Tanaka KAGOSHIMA. Has written a novel