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軽自動車の箱バンで移動中に、ミチコ婆の携帯が鳴った。あと、自宅のアパートまで5分と掛からない距離だった。
「おや?大山からだよ。なにか忘れ物でもあったかな?」
ミチコ婆は、2つ折りの携帯を開いて、表示された名前を見て言った。運転手の前薗爺さんは、首を横に振る。伊藤咲子のことだろうか?
「はい。もしもし、あたしだけど、どした
?」
返事がない。
しばらくすると、ハアハア言ってる声がする。何事かが起こったと、察したミチコ婆は、声を荒げる。
「やられたのか?誰にだい?男だろ、金玉ぶら下げてんなら、ハッキリお言い!」
「あ、あれは・・・」
掠れかすれの声に、ミチコ婆は、携帯を耳に押し付ける。
「目が、目が、青かった。光ってた。・・・アンドロイドだ・・・」
「こっちを追いかけてきてんだね?わかった。あんたは大丈夫なのかい?」
「痩せても枯れても、医者ですから・・・」
「わかったよ。安生お大事になっ」
あっさり電話を切る。
「アンドロイドが、追って来てるそうだ」
「えっ、でも、GPSは、捨てたんじゃ?」
「わからん。今から、金子銀子に訊いてみる」
頭を傾げる前薗爺さんを、目の隅に見やりながら、ブッシュボタンを押す。すぐに、出た。
「あー、もしも。あたしだよ。実はアンドロイドの追っ手が来ちまってるんだが、なんでだろね?」
出たのは金子で、傍らにいるだろう銀子としばし、話していたが、
「カタログには書いてなかったけれど、ひょっとしたら、アンドロイドの、つまり、伊藤咲子さんの目や耳からの情報が、H&A社に送信されてるのかも知れません」
「どういうこったい?」
ミチコ婆は、眉間にシワを寄せる。見ると、あとひとつ角を曲がると、自宅だ。
「売ってしまったアンドロイドの安否確認と、売った先の家族との生活と、そのやり取りのデータが欲しいんじゃないかなと思います。今後のアンドロイド開発のためのデータ取りといったところではないでしょうか?
アンドロイドの咲子さんが見た、番地の表示された壁や電柱と、地図アプリとを照らし合わせれば、素人でも探り当て、追いかけられるかも」
「それは、『覗き』じゃないのかい?」
「たぶん、法律違反です」
金子は言いきった。
「なるほど、いいこと聴いたよ。ありがとさんよ」
ほくそ笑む、ミチコ婆。
「大丈夫ですか?」
金子が、訊ねる。
「あー、なんとかなるさ」
ミチコ婆は、笑って、携帯を切った。
「なんだいこりゃ!」
前薗爺さんが、アパートの砂利場の駐車場に入るなり、叫んだ。
白い一台のハイエースが止まっていた。
その周りには、留守番をしていた爺さんたちが、バタバタと倒れている。
派手なアロハシャツの男が運転席に乗り込み、縦じまのストライプのカッターシャツの男が、子供をつれて後部座席に乗り込むところだった。
「直樹じゃないか?」
ミチコ婆も、叫ぶ。
「あいつら、川尻組のやつらだ」
前薗爺さんが、目を前に向けたまま、応える。
「つうことは、松平慶子の差し金だね」
直感だった。
「こいつは、ややこしいことになってきやがった」
ミチコ婆が、頭を抱える。
「でも、何で奴ら、俺たちの仕事だとわかったんでしょ?」
前薗爺さんが訊ねる。
「そりゃきっと、アンドロイドの追っ手と同じ理由だろうね」
いぶかる前薗爺さんの後方、フロント窓に、ハイエースが迫っていた。
「2016年8月27日」
koichi tanaka kagoshima. has written a novel