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   城島隼人は三人分の缶コーヒーを持って、井上勇二と葛城美凪の元に、急ぎ足で来た。
   どうやら彼は、常にせかせかしているらしい。
「どうぞ」とまずは美凪に渡し、
「お前も飲むか?」と笑いながら、勇二に渡す。
「あっざーす!」
    勇二はそういう嫌みには慣れている、というか、わからない。
    鈍感である。
    温かいコーヒーが、五臓六腑に染み渡る。
「さてさて、そろそろ帰るか」
   城島が、残念だけどなと、寂しそうな笑顔で、ふたりに問いかける。
「そうですね。わたしならもう少し熊本を流してから帰っても、日のあるうちに帰れるけれど、ふたりがね」
   そう言って笑う美凪は、少し大人びて見えた。
   勇二と城島は顔を見合わせ異口同音に、
「美凪が速すぎんだよ」と口を尖らす。
   天草五橋から、松島展望台にいた。
「ねぇ、勇二。ここから愛を叫ぶと結ばれるって知ってた?」
   美凪がかまを掛ける。
「えっ、マジでっ?」
「マジでっ」
   ほんの数秒、勇二は考えていたけれど、すぐに大きく息を吸い込むと、
「俺は、葛城美凪がっ、大好きだぁぁぁぁ!」と叫んだ。
   城島は向こうを向いて笑い、美凪はオッケーサインを見せた。
「み、美凪もやってみろよ。気持ちいいぞ」
   そう言われて、
「わたしは恥ずかしいから出来ない」と答えた。
   なんだよ~と、揉んどり打つ勇二を、笑いながら抱き締めた。
「ほんとに、ありがとう。ずっと、ずっと愛してる」
   
   帰りは、ほどほどに飛ばしていた。
   すべての悲しみや苦痛や忘れたいことが、走り去る彼方に置き去りにされていく。
   あの日病院で、三人で話したこと。
「このメールを警察に渡して、どうなるかはわからない。でも、もう僕らにできることはなにもない。あとは警察を信じるしかない」
   守人はそう言い、二人を見る。
   ふたりとも頷いて、
「これから始まるんだね」と美凪が言い、
「そうだな、やっとだな」と勇二が美凪の肩に手を置く。
   ちょうど夕食の時間になった。
   運ばれてきた食事を、
「わたしが食べさせてあげる。右手が使えないと不自由でしょ?」と甲斐甲斐しく、スプーンを握る。
   にやけ顔の勇二を見ながら守人は、黙っていた。
   勇二が元々は、左利きだということを。
「じゃ、僕はお先に」と守人が席をたつ。
    早いねと、美凪の言葉を背にさっさと出ていく守人。
「あいつさ、コレ、出来たんだよ」
   勇二が小指をたてる。
「うそっ?マジでっ?」
「マジでっ」
   どうやら、他校の、同じく弁護士を目指す女子らしいと、勇二は言う。
   ふたりはホッとしていた。ふたり付き合い出してからずっと、気がかりだったのだ。
「すべてはこれから始まっていくんだね」

   城島は呻く。
「あいつら、飛ばしすぎだよ。ここに警察官がいること、忘れてんじゃないだろな?あっ!」
   そこで思い付く。
「僕も、警察官だってこと、忘れちゃおうっと」
   クラッチミート。
   加速する。
   風になる。
   なにかも忘れられる。
   ただひたすらに、前へ。
   止まったら倒れてしまう。
   だから走り続ける。
   前へ。
   前へ。
   前を向け。
   そうだ。
   前進あるのみ。
   それが、生きてる証なら。

                                            「2018年2月23日」

Novel Koichi Tanaka KAGOSHIMA.