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「愛しすぎて、相手にされなくなって、今度はその相手がこの世からいなくなってしまえばいいのにと、思うことはあるだろうけど、上野あけみの場合は、病気のせいからか、ひどいな。それに自己防衛本能も強い」
自分の心を守るために、相手を悪者にすることはあるけど、とも守人は言う。
近頃の女性は強くなった。
女性が犯罪を犯すときには、陰に男がいたものだが、今では自分自身の欲望を満たすために犯罪を犯すことも珍しくない。
そう考えると、上野あけみは、男に頼らなければ生きていけないタイプとも言える。
「ここからは急いでたのか、誤字脱字が多いから僕が補完していく」
守人は読み続ける。
〈裕也が亡くなったとき、悲しくてずっと泣き続けたわ。勝手なことをと思うだろうけど、ほんとのことよ。
無罪になったことが何よりの救いだった。
罪の意識からか、毎晩のように裕也の夢を見た。なにか言いたげだったの。そして、ある晩はっきりと聴こえたの。
『俺の仇を打ってくれ』
河野はもともと東京の人間だから、戻っていたのね。そこで、友人が社長をする企業に呼ばれて再就職した。
その情報は、県警の刑事が教えてくれたわ。まっとうに聴いても教えてくれなかったのに。
裏切り者はどこにでもいるらしい。
ちなみにこの場合は、天下りとは言わないらしいわ。
奥さんに先立たれて、子供もいなくて、60前には前倒しで定年退職してるから、体力はあったようで、東京でも愛人を囲ってた。
性欲は人並み以上なのに子供ができなかったなんて、皮肉なものだわね。
でも、その愛人が金の無心ばかりする女で、別れたがってたの。
そこへわたしが、河野の行き付けのクラブを探し出して働いて、偶然を装おって、近づいたの。
嘘かほんとか、俺と結婚してくれって言ったわ。それでその愛人と別れられると思ったのかしらね?〉
「そして、ホテルで上野あけみは河野仁を刺し殺した」
守人は長くため息をついた。
実際は殺しの手口まで詳細に書かれていたけれど、それは今後、このメールを見た警察なり裁判所の判断材料になるだけで、今この場で読む気にはなれなかった。また、必要もないと守人は考えた。
最後の文章を先に読み、これは伝えるべきかと悩んでいた守人だったけれど、
「わたしなら大丈夫だから、読んで」と美凪に促されて、読むことにした。
〈もうすぐあなたが来る。あなたがバイクに乗ってたなんて、知ったときにはとても嬉しかったわ。
最初で最後のツーリング、レーシングかしらね?
楽しみだわ。これで心置き無く、裕也の元に行ける〉
「死ぬ気だったらしい。だけど、さっき葛城が言った、坂道での言葉がお父さんと同じだったから、思い出して死ぬのを思い止まったのかも知れない」
確かに、あのとき抵抗すれば出来ないことはなかった。叫んではいたけれど、大人しく止まってくれた。
美凪は思い返して、目を閉じると、「お父さんありがとう」と囁いた。
「2018年2月23日」
Novel Koichi Tanaka KAGOSHIMA.