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   ほぼ直滑降を時速100キロ超えで、下っていく。
   前傾姿勢からその下りの角度はそう思えて仕方ない。
   おかしなものだ。そう、美凪は、考えていた。
   上野あけみが急制動を掛ければ、二人とも木っ端微塵になるのに、それをしないし、美凪もそれはしないだろうなと思っている。
   変な連帯感、信頼感。
   これが、レースライダー?
   ブレーキランプが点る。
   上野あけみが、左手で手招く。
   罠か?
   美凪は緊張する。けれど、行かなきゃ何も起こらない。
   進む。
   上野あけみも横に来ると見るや、シールドを上げる。
   並ぶと同時に、突然投げよこされる、手帳サイズの携帯カバー。
   胸で受けて、左手でキャッチ。
   見慣れたカバーに美凪は、勇二のスマートフォンだと確信、カバーを握ってみる。
   ソフトカバーのその下に、輪っか、らしきものを触識する。
   指輪だ。
   でも、なぜ?
   その瞬間、感覚で上野あけみに、美凪の疑問が通じたのか、それともそんな疑問を持つことが折り込み済みなのか、
「メールを」と口パクで、伝える。  
   美凪はジャンパーのポケットにしまう。
   それをみて、上野あけみはスルスルとアクセルを開けて、加速する。
   刹那、美凪は、
「死ぬ気だ」そう直感した。
   プルクラッチ。
   シフトダウン。
   ミート。
   アクセル全開。
   死なせればいいじゃない。
   心の美凪が、そう言う。
   生かせて罪を償わさせるの? 
   もう一人の自分自身がそう言って、嘲笑う。 
   もう、誰も死んではいけない。
   美凪は言う。
   父親殺し、父親殺し。
   心の美凪が唄う。
   でも、でも・・・。
   わたしの大切な勇二を殺そうとした。
   確かにそうだ。許せない、勇二を勇二を!
   そうだ。だからあいつは死んでもいいんだ。
   でも、でも。なにかが違う。
   そう思いたいだけ。自分よがりはやめろっ。
   違う、
   違う、
   違う、
   違う。
   そうじゃない。
   何が違う?
   それは・・・。
   それは?
   「これからわたしが確かめるっ!」
   美凪は、上野あけみの右横に並ぶ。
   時速は、メーターを振りきっている。
   シールドを開けると、鋭い風が皮膚をつんざく。
「止まって。お願い。死なないで。変えられない人生なんてないから。遅すぎるなんてことない。だから、止まって。見つめて、自身を」
   叫ぶ、美凪。
   上野あけみは、笑う。でも、その笑顔に嘲笑はない。優しい温かな、微笑み。
   死なせて。
   上野あけみの、口パク。
「ばかっ!」
   美凪は叫びながら、左足をだす。  
   上野あけみのバイクのリアブレーキを踏む。
   左手を伸ばす。
   アクセルを戻す。
   フロントブレーキを引く。
「やめてぇぇぇぇ、死なせてぇぇぇぇっ!」  
   上野あけみが絶叫する。

「二台が接触。速度が落ちていきます」
   警察航空隊ヘリコプターが伝える。
   坂道もわずか残りで減速、二台のバイクは平坦な道に辿り着く。
   目の前には、拍手喝采の警官たち。
   倒れこむ上野あけみ。
「確保っっっっ!」と警官らが、群がる。
   その倒れた上野あけみを庇うように、美凪が叫ぶ、 
「人間として、扱ってくださいっ!この人は人間の女性なんですっ!心底、犯罪者じゃない。助けてあげてっ、あなたたち、秩序を、守る番人なんでしょ?」
   それが、葛城美凪の出した、答え。

                                             「2018年2月19日」

 Novel Koichi Tanaka KAGOSHIMA.