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「僕も連れていってください」
   そう電話をいれた中島守人は今、城島隼人のとなりに座っている。
   朝の登校途中に美凪が、忘れ物をしたから取りに戻ると言って、帰ったきり戻ってこないので、守人もすぐにとって返した。
   すると目の前を、美凪のバイクが行き過ぎるところだった。
   一大事だと城島に連絡すると、城島も美凪からのメールを読んだばかりだと言う。
   城島は国道10号線に待つ、守人を拾ってくれた。
「彼女はアライのヘルメットを被ってるんです」
   乗るなりそう言う守人に、怪訝な顔で見る城島。
「これです」とタブレットをみせる。
「なるほど。GPSか」
   すると、前席の角刈りのドライバーが、シートの間からマイクを渡す。
   渡されて城島は、叫ぶ。
「容疑者上野あけみは、大隅半島鹿屋市かその周辺に潜伏している模様。全車、そちらに急行せり。曽於、志布志、鹿屋、肝付署にも、応援要請を打診せよ」
   そして、苦虫を噛み潰したような顔になり、
「今度こそは、必ず逮捕する。いいか、全員聞けっ!けしんかぎぃ、きばっどっ!」
   了解、了解と返答が続く。
   上空には、警察航空隊のヘリコプターが、先に飛んでいく。
 
   霧島市国分下井海水浴場を右に、交差点を過ぎると、三差路になる。
   左に建設会社の巨大な看板を見て、美凪は右へと進路をとる。
   左に行けば志布志市に多少近いけれど、ずっと山道だ。海岸線のこちらの道を選んだ方が、飛ばせる分、意外と早いかもしれない。
   そう美凪は考えた。
   その三差路の付け根のコンビニから、そろりと赤白のバイクが、美凪を追い始める。
   プルクラッチ。
   シフトダウン。
   ミート。
   一気に美凪のバイクを抜き去ると、蛇行を始める。
   こいつだっ!美凪は一瞬にして悟る。
   油断している道中に襲ってきたんだ。
   福山地区の坂を登り始める。
   亀割峠。
   霧島市国分福山の名産、黒酢のカメを運ぶときに、揺れたり落としたりで割ることが多かったことから名付けられた。
   蛇行する中央黄線の二車線の山道。
   山の木々が覆い被さるように繁っている。
   すぐに頂上に着く。右眼下に海が見えた。
   と、すぐに左に、急坂を下る。
   すぐに右カーブ。まさに、下りのヘアピンカーブ。
   その時、美凪はあることに気づいた。
   上野あけみのバイクのブレーキランプが点りっぱなしだった。
   勇二が言っていた、普通と大型では、雲泥の差があること。上野あけみはレーサーだけれど、大型バイクのレースには出ていないこと。
   そして、公道では経験が浅いのではないかと言うこと。
   最後は美凪の憶測だが、外れていないと、確信する。
   勝機はある。
   今こうして走りあってることに、なんの意味があるのかわからないけれど、上野あけみは狂ったその頭の中に、未だにレースの勝ち負けの記憶だけが残っているのではないだろうか?
   寂しい人生を送ってくると、過去の一番輝いていた頃の記憶だけが、甦ってくる。
   上野あけみはその栄光に、すがっているのではないか?
「可哀想な、ひと」
   美凪は呟くと、牛根地区の狭い二車線をウネウネと走る。車道沿いに家々が立ち並んでいる。年配者が、平気で道を横断する。
   右カーブ。
   上野あけみの目の前に突然現れる、お婆さん。
   すれすれでかわす。
   倒れるお婆さん。
   美凪も距離をおいてかわす。
   ミラーで見ると、
「こあーっ、あんねどがぁ!」と手にした大根をふっている。
   安心して、上野あけみを追う。

                                           「2018年2月17日」

   Novel Koichi Tanaka KAGOSHIMA.