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   面会謝絶、絶対安静。
   井上勇二は、ICU(集中治療室)に、いた。
   駆けつけた家族も、会うことが許されない。
   医者である勇二の父が、担当医から話を聞いてきてからの、落胆した表情を見て、美凪ならずとも、そこにいたみんなが、視線を落とした。
「神様・・・」
   美凪は、祈る。

   城島隼人は署に戻ると、陣頭指揮をとった警部の説明を聞く。
「上野あけみを、中央公園地下駐車場に追い詰めました。出入り口を封鎖。人の出入りする階段、エレベーターにも署員を配置。万全で望んでいました」
   警部は汗をかいていた。顎から滴る。それほど太っているわけではない。室温も寒いくらいだ。
   ただひとつ。城島隼人署長が、熱気をはらんでいることを除いては。
「地下駐車場、管理室の監視カメラの映像です」
   パソコンから送出された映像が、プロジェクターに映し出される。
   上野あけみがバイクを、1.5トン貨物の前に止め、荷台から梯子を引き出し、その上をバイクを走らせ荷台に積み込むと、自分も次いで乗り込んでいく。
   一分もしないうちに、赤いコートの金髪ロングヘアーの上野あけみが、荷台から飛び降りる。
「ここまでを見て、我々は、上野あけみを金髪ロングヘアーの赤いコートの女と認識。階段並びにエレベーターから上がってくるのを、待ちました」
   い並ぶ警察官の前で、汗を拭く。
   続ける。
「しかし、そのような女は、どこからも出てきませんでした。そして、次にこの映像です」
   それは、階段とエレベーターの昇降口の監視カメラの映像だった。
   赤いコートの上野あけみが、壁に吸い込まれていく。       居合わせた警察官らが、息を飲む。
「これは、監視カメラの角度によるもので、実はここにトイレがあるのです」
   相変わらず可哀想なほどの汗をかきながら、警部は続ける。
   トイレと思われる壁から、ニッカポッカにファー付のジャンパーを着た、スキンヘッドの小男が出てきた。
   眉毛はなく、マスクをしている。
   黄色い工事用ヘルメットの顎紐を首に、後ろに垂れ下げた格好で、階段を上がっていく。
「これが、上野あけみです。そして、我々は、みすみす目の前を通りすぎる被疑者を、捕らえることができませんでした」
   警部は、主に署長に向けて、頭を下げた。
   そしてさらに、顔を紅潮させて、眉根を寄せて、
「このあと、現場付近の個人店のバイク店が襲われ、店主所有のオートバイ、ホンダCBR1000RR、色、レプソル、つまりオレンジに近い色、一点が盗難にあっております」
   城島署長が目を見開く。
   警部は脱水症状で、今にも倒れそうだった。

                                             「2018年2月16日」 

Novel Koichi Tanaka KAGOSHIMA.