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   中島守人がその話を聞かされたのが、その年の夏休み直前。
   守人も美凪が気になっていたから、こっそり幼なじみの勇二に相談したところ、驚愕の事実を聞かされたわけだ。
   猛烈に嫉妬した。いっそ、勇二の背中の皮を剥いでやろうかと、インディアンの気持ちにもなった。あちらは確か、頭の皮だっけ?
   そんなことを思い出していると、右手の交差点が突然、静まり返った。
   土曜日の賑わう天文館通が、まるで海の凪のように。

   鹿児島駅前の路面電車の踏切を越えた辺りで、美凪のスイッチがオンになる。
   少し前傾に構え、シフトダウン。
   軽く後輪がスリップ。でもすぐにトラクションコントロールが効く。
   小刻みに、LEDテールランプが、閃光を曳く。
   コントロールされたエキゾーストサウンドが、鹿児島市役所前を通過。
   片側三車線、中央に路面電車の線路を挟んで、合わせて六車線の幅広い道路を、地面を滑空する戦闘機さながら、駆ける。
   もはやシグナルは関係ない。ノンストップ、ゴーゴーだ。
   右に山形屋。
   大きな交差点。
   右折して、天文館通が見えてくる。
   シグナルは赤。
   突っ込む。
   右へバンク。
   テールランプがゆらりと閃光を曲げる。
   路面にうっすら溜まった、桜島の火山灰が、美凪をバイクもろとも、死へといざなう。
   トラクションコントロールが、エンジンの回転数を抑える。
   スリップしない。
   立ち上がる。
   シフトダウン。
   後輪が、微少なゴム片を飛ばす。
   エキゾーストが、渦を巻く。
   交差点のすべての動きが凪まる。
   天文館通に響き渡る、エキゾーストサウンド。
   それが引き金に、群衆が歓声をあげる。
   何度か走るうちに、集まるようになった、ギャラリーたち。
   次いで鳴り始めるクラクション。

「来たっ」
   勇二が、叫ぶ。
   あっという間に、目の前を走りすぎる。
   はるか後ろから、サイレン。
「そこのオートバイっ、止まりなさいっ、止まれっ、とまらんかぁぁぁぁぁぁぁ!」
   美凪は、ミラーに写るパトカーにうそぶく。
「お前も、努力しろっ!」

                                            「2018年2月4日」

Novel Koichi Tanaka KAGOSHIMA.