およそ半年ぶりですね。皆さん、お元気でしたでしょうか?
結論から書くと、去年の私は、仕事のことで結構病んでいました。
自閉症スペクトラムの苦手要素である「環境変化」に耐えられませんでした。
どういうことかと言いますと、職場内での異動で業務内容がものすごく変わってしまったんです。
その頃、私ひまわりは入社2年目。1年目でやっと社内環境に慣れたかと思ったら、別の業務内容をやることに。
幸い、突然の「部署移動」とかではなく前の上司から「ひまわりさん、業務内容が変わるよ」と前もって教えてくれましたが…前の上司は、私の障がいの特性を理解してくださる方だったので、上司も別の人になる、となるとものすごく不安でした。
業務内容、上司とのコミュニケーション…このやり方が変わることが、私の生活に危機が迫っていきます。
業務内容:仕事柄、文字や数字を間違いのないようにチェックする作業。例えば、チェックがうまくできていないせいで、給与でもらえる金額が本来よりも少ないと大問題ですよね。その大問題は、「単純なミス」では終わらない。給与でのお金で生活をしている人がたくさんいる職場という場所。それは、人生が重くのしかかっている現実。私は、今の仕事内で生殺与奪の権を握っているんだと不安になりました。間違えるのが怖い間違えるのが怖い‥‥でも「間違わないように」と意識すればするほど文字や数字を見るのがだんだん怖くなりました。文字や数字を見るだけで「吐き気」のようなものも感じました。何十回も同じ箇所をチェックする始末で、作業がなかなか進まないこともありました。(仕事で文字や数字を見るとき、「間違えてはいけない」という強い圧力に首を絞められるような感覚に襲われて「パニック」を起こして仕事どころじゃなくなったことも多かったです。)
もしかしたら、読んでいる方の中には「そもそも、仕事向いていないんじゃないか?」って思う人もいるかもしれませんが、この時の私は「一人で頑張って仕事しなきゃ」と強迫観念にものすごく囚われていたからです。その延長線上でプライベートで書いているこのブログもしんどくなったことがあります。
上司とのコミュニケーション:前の上司が新しい上司(以下αさん)に引き継ぎをするときに、私の障がいの特性も伝えてくれたのが非常に助かりました。新しい上司からのハラスメント系は何一つありませんでした。ただ、新しい仕事を始めたばかりの私は、αさんに対して「この人は、発達障がいの話なんて分からないだろう」などと心を閉ざしてしまいました。幼少期に発達障がいのない人からの心無い言葉を言われて「発達障がいのない人」がトラウマだった私が、心の中にいるからでした。
月日が経つにつれて、だんだんと仕事のことはαさんと話せるようになりましたが、新しい上司なりの理解(歩み寄り)だと気づかずに私がパニックを起こすことも度々ありました。
**エピソード**
――これは、私が職場内の別室で作業していて、私がパニックを起こした時の話です。
αさん:「どうしたの?耳栓はしていなかったの?(補足:私は、聴覚過敏があって作業中は落ち着いてできるように耳栓をしていることをαさんは知っています。)」
私:「していました。耳栓+イヤーマフをして、作業していました。(作業中に、周りの音を聞いてパニックになりたくないからです)」
αさん:「え?だったら、聞こえないんじゃないの??」
私:「(αさん、私の苦しみが分からないんだなあ…!とヒステリック気味に)聞こえるんです!!!」
αさん:「(びっくりしている)」
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エピソード補足:通常は、耳栓+イヤーマフをしている状態で声をかけられると聞こえないですが、今思えばこの時は作業に集中していた+「周りの状況を判断しなきゃ」と意識しすぎて聴覚が研ぎ澄まされた感覚があったから聞こえたんだと思います。
聴覚過敏がひどくなって、職場でもグループホームでもパニックやネガティブな妄想が止まらなくなった去年の春はしんどかったです。(これ以上書くと、だいぶしんどくなるのでストップします)
ちなみに、上の話は業務内容の変更+私への支援体制の強化でだんだんと回復しています。日によって異なりますが、文字の苦しみから解放されていることが増えているので、次回は「回復期の今」を書きたいと思います。