「授人以魚 不如授人以漁」
これは中国の哲学者、老子の言葉。
「魚を与えるのではなく、釣り方を教えよ」
このような格言として、今も語り継がれています。
「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えるのでもなく、魚釣りの楽しさや意義を教えよ」
最近では、魚を釣る理由や目的を重要視し、目的意識を高めることの重要性を問う人も、多くなっているようです。
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さて、老子の教えと派生した考え方を、僕が力を注いでいる『ゆずりすと』増加計画、電車やバスで席譲りをする人をどうやって増やすか、このテーマで準える(なぞらえる)ならば・・・
「座席を譲るだけで満足せず、座席の譲り方を教えよ」
まずは、ここ。
とはいえ、ノウハウを述べたり、ガイドラインやマニュアルを決め、人に押し付けるだけでは、物足りない。
「座席を譲るだけで満足せず、座席の譲り方を教えるだけでもなく、席譲りの楽しさや意義を教えよ」
席譲りする理由や目的に重点を置き、素敵さや嬉しさを伝わるように伝えること、貢献せずにいられなくなるように心を動かすことが、何より重要であると僕は捉えています。
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僕が『ゆずりすと』として席譲りに目覚めたのは、今から13年ほど前、股関節の再手術を受けた33歳の頃。
身体に問題があるにもかかわらず、無理を押して席譲りを強行した動機は、罪悪感。
24歳の時に大学院を中退、社会人に成り立てで、立て続けに2つの難病を患い、即入院・即リタイア。
28歳で家業の手伝いをするも、股関節の再手術に加え、精神的なストレスも強くかかり、またもやリタイア。
周りに多大な迷惑をかけ、大変申し訳ないという思い。
大罪を償う気持ちで、治りかけの身体に鞭打って、罪悪感から席譲りを始めました。
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実は半端なくネガティブな動機で、僕は『ゆずりすと』のデビューを果たしていました。
身近な人から心配されたり、バカじゃないかと逆に軽蔑されたり。
時間が経過し、身体は少しずつ回復し、精神的にも立ち直り、しかし『ゆずりすと』を辞められない僕。
罪悪感を解放してきたにもかかわらず、違う動機が加わったことに、最近ようやく気づきました。
それは、席譲りの楽しさだったり、喜んでくれた相手の笑顔を見て、僕が感じた嬉しさ。
そして、他人に遠慮して過ごしてきた僕が、ようやく気づいたこと。
「無条件で、人が好きだということ」
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『ゆずりすと』をどんどん増やし、僕がこの世から去っても、未来永劫『ゆずりすと』の精神が後世に引き継がれるようにしたい。
僕が席譲りをしたところで、譲れる相手は1人だけ。
加齢とともに股関節が悪化したら、1人に譲ることさえ叶わなくなる。
席譲りの気構えを伝えるだけでは足りないし、ノウハウを伝授するだけでも駄目。
席譲りの面白さや素敵さを伝えたいし、その上で『ゆずりすと』を増やすためには、とにかく「無条件で、人を好きになってもらう」ことが、何より重要。
恥ずかしながら、出版デビュー作の執筆活動が、遅々として進まない状況(汗)。
でも、とにかく「無条件で、人を好きになってもらう」ことが鍵になると、ようやく基本に立ち戻ることができました。
世間は、ゴールデンウィーク後半。
僕はレジャーではなく、心のゴールデンウィーク、執筆のコマを進めていきます。
ご期待ください!
