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Somewhere in Time

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深夜0時を過ぎてホテルに着いた。
チェックインを早々に済ませ荷物を部屋に置いてすぐフォーを探しに深夜の旧市街を散策。

さすがの旧市街あいてる店もない。意気消沈でホテルに戻り、「見つからなかったよ」とホテルのにいちゃんに話すとそりゃそうさ顔。
ただこのにいちゃんがフォーを持ってきてくれるとのオファー。
「ビーフかポークか?」のということなのでポークをお願いしてた。やや不安ながらもただ目的を果たすには仕方が無い、乗っかる事にした。

暫くしてまじめに運ばれてきた。

Somewhere in Time

なみなみ盛られた初フォー‼

みための質素な、ポークがねぇじゃん!いかにも気合のないルックスと一杯5usdという高値に期待感は下がりつつ、食べてみる。

速攻スープまで完食‼

深夜に優しいあっさりスープ、ツルっとした麺、しっかり甘みのあるポーク(が見えないけど中に入ってた)
はっきり言って、うまい‼

一体誰が作ったんだろうか?
ホテルのレストランにはコックはいない。
この絶妙な味付けはインスタントか?か(ベトナムのサッポロ一番味噌ラーメン的な)


Somewhere in Time
(作ったのはあたしじゃないわよ)

Photo by かりたカメラ
ベトナム ハノイ空港には予定どうり22:30頃に到着した。

久しぶりのアジアだ。
久しぶりのプライベートでの海外だ。

アジアは20代前半にバックパッカーとして旅行して以来だ。
当時もベトナムには行きたかったがようやく来る事ができた。

東南アジアは東南アジアであってほしい、熱いアジアを感じたくて来た(冬だけど。。。)

5泊6日、うち1泊は帰りの飛行機泊、初日も深夜着。そう余裕でない中でハロン湾、フォンニャ洞窟、パラダイス洞窟、ドンホイ観光、ホイアン、ミーソン遺跡と満載な計画をたてたので予定どうり行くか?アジアであることを考えるとやや心配だ。移動手段のタクシーも含めて全て予約した。

探したり迷ったりする時間を少しでも削減し効率重視で行きたい、写真を撮る目的もあったが少しでも時間を短縮したいところ。写真を撮ると時間がかかる~

個人旅行派の僕は飛行機からホテル、タクシー、全てダイレクトにアレンジし、自由な旅行プランを楽しみたい。計画してる時間も個人旅行の醍醐味だ。トラブルも全て受け入れて対処する楽しさがある。

ツアーに組み込まれる名所と名所の間にある村や街に、英語や日本語が使えるレストランより地元の人しか行かない屋台に、生活感を感じられる裏路地に、偶然訪れる楽しさを選びたい。
そこには現地ならではのローカルな世界がそこにあるはずだ。それが今のところの僕の旅行スタイル。現地にいる間はなるべく現地化したい。


ターンテーブルで荷物が待つ時間は少々長かったが無事に荷物をpickしてすぐに出口に向かう。
最初の難関。ホテルまで送迎するタクシーは来ているだろうか?アジアはこれが心配だ。
深夜にぼったくられる覚悟でタクシーを拾うのは避けたい。今回は万事スムーズに運びたい。
覚悟をしながら出口をでると、よかった僕の名前が書かれたwelcome boardを持つおじさんが
立ってる!奇跡!と心の中で叫んだ。今回はついてるぞ、いけそうだ。と
(来ない方が珍しいことかな)

予約したホテルがある旧市街までは約30分。次の日のハロン湾ツアー集合の都合を考え、と旧市街という響きが好きだ。現地を感じられる雰囲気がそこにはどこの国でもあるからだ。

少しでも早くホテルに着いて、ベトナム一発目に大して飲めないビールとフォーで乾杯をしたかったのだ。早速タクシーに乗りホテルへ急ぐ。早くフォーを食べて落ち着きたい。

出発するとすぐタクシーはガソリンスタンでとまった。
客を乗せる前に満タンにしとけよー!心の中で叫びつつ、ここはアジアだと、空港で待っててくれただけラッキー。と思う事にして気持ちを落ち着かせることにした。

しかしこのガソリンスタンド、まだロケーション的にローカルなせいか?ほしいものがここにあった!タクシーを降り、写真をパシャパシャ。こんなとこなら急いでなんていられない。

赤茶けた土がかぶる地面、汚れて古びた給油機、仄暗く、廃墟的雰囲気。

東南アジア独特の喧騒とか熱気、雑踏の中の緊張感が蘇って来た。

そうだ、東南アジアにいるんだ。

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Photo by D7000












今日はベトナム ホイアンの壁です。

ベトナム中部ダナンからタクシーで約40分南にくだった港町です。
1999年 古い街並みとしてユネスコ世界遺産に登録されました。

16世紀以降、ポルトガル人、オランダ人、中国人、日本人が来航し国際貿易港として繁栄したようです。

江戸時代には急速に取引が拡大し、貿易禁止令が出されるまで日本人も数多く来訪し、日本人街も形成されたようです。
日本人橋というモニュメントもあります。

交易範囲は日本、中国、インドから、遠くアフリカ、ヨーロッパまで及び、当時のホイアンは世界中の商人が集う重要な国際貿易都市でした。

タオル各種を壁沿いに干しているのは床屋さんかなにかでしょうか。

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Photo by D7000