12月1日に開校25周年を迎えることができました。ご支援いただきました全ての皆様、そして当教場で頑張ってくれた・いる全ての生徒の皆さんに感謝申し上げます。
さて、コロナ禍の1年間は生徒募集をストップしいわゆる「密集」を避けることにしました。募集を再開してから、コロナ禍以前のような入会者数にはなりませんでした。新しい習い事を始めることに対して不安を感じる方が一定数おられたこと、1年程度生徒募集をしていなかったこと、社会の風向きが大きく変化したこと(子供に無理をさせない)など、要因は1つではなかったと考えています。
令和6年度に入会者数で最低を記録しましたが、令和7年度の入会者数はほぼコロナ禍前に戻りました。たくさんのご縁をいただけたことに、改めて感謝申し上げます。
ここからはあくまで「そろばんの先生」が個人的に感じた問題点です。(とはいえ、私自身は中学・高校理科の修士免許状を取得していますし、学会での発表経験もありますので、ずぶの素人ではないですよ)
今年1年の指導を通して感じたこと。それは学校教育の変化による子供達の「基礎的学力の低下」でした。コロナ禍を機に始まった「タブレット」を用いた学習と、学習指導要領の改訂に伴う「アクティブラーニング」の導入。この2つが大きく作用していると感じています。
タブレットで学習している様子を見ていると、とにかく「書く」という行動が大幅に減っています。またタブレットの文字入力では、AIが文字を判別して候補を出してくれるので、1本足りない・多いとか、突き出る・突き出ないとか漢字学習において必要なスキルが磨かれないと感じています。さらに、分からなければ「解答」ボタンを押すことで解答がすぐに表示されますから「試行錯誤」する経験が明らかに激減しています。
もうひとつの「アクティブラーニング」です。これに関しては何度かこの場でも書いていますが「能動的な学び」を「生徒同士の活動」と勘違いしている場面をたくさん見ました。中には授業することもなく、自分で教科書を読んでまとめたものを児童・生徒同士で発表させて終わりというとんでもない指導も確認しています。
能動的な学びとは、授業によって「教授」された知識の中から、さらに深く学びたいと感じるものについて自ら学びを深めていくことであるべきです。その「能動的な学び」への入り口として丁寧な授業を行う必要があると思うのです。正しい知識を学びの武器としてたくさん身につけ、フェイクの情報に惑わされないような調べ方(ネット情報の利用の仕方)という防具を身にまとってはじめて、能動的な学びを自分から行うことができるはずです。
子供達の様子を見るに付け、危機感しか感じていません。そろばんの教室ではそろばん・あんざんの計算スキルはもちろんのこと、自作教材によって感じの読み書きにこだわっています。訓読みで意味が分かること、部首が持つ意味である程度熟語の意味が類推できること。分からない言葉をそのままにしないで調べるクセをつけること。などを学年に応じてできる限りわかりやすく言語化して指導をしました。本来は初等教育において身につけてほしいことの補完をすることに力を注ぎました。
中学生・高校生の塾指導ではこれに加えて、自分で必要なことを考えることができるように(まだまだ発展途上ですが)、課題をあえて大雑把に与えて、自分で見通しをもつことができるようになること。これを目標にしています。また説明はできるだけ丁寧に、そして自力で解くこと・答えにたどり着くことを目標に指導しています。
指導に正解はありませんが、少なくとも誤答ではないように、子供達の様子を見ながら日々修正して指導する1年でした。来年もこの姿勢を維持しながら、できる限り子供達の基礎的な能力を伸ばすことに全力で取り組んでいきたいと考えております。
このような長文を最後までお読みいただきありがとうございました。皆様におかれましては素敵な年をお迎えくださいませ!