前回の物語
物語の続きが始まります✨✨✨
【ニールの優しい癒し】
食事の召集がかかり、再度国王の部屋に向かう。
部屋に到着すると既に食卓が用意され、給仕係が揃い待機しているところだった。
大公とセオドラ卿は、既に席に着いて何やら話し込んでいた。テヒョンがテーブルに向かうと、デイビスが椅子を引いて座らせる。
暫くして国王が戻って来た。
皆が起立をして迎える。
「待たせたな。少しだけ仕事を片付けようと思って執務室に戻ったが、ついつい時間を忘れてしまった。」
「相変わらずお忙しそうですな。あまり根を詰められますと、またお倒れになってしまいますぞ。」
大公が着席をしながら心配を口にした。
「いやいや、叔父上やテヒョンや他の王族方が、いくつか公務を引き受けて下さったおかげて、だいぶ楽をさせて頂いてますよ。」
「そうであれば宜しいのですが、空きが出来たといって、陛下は新しいお仕事を作ってしまいそうで心配です。」
テヒョンが多少冗談めかして言った。
「私はそれほど仕事の鬼ではないぞ・・
さぁさぁこれ以上お小言が続かないよう、もう食事にしよう。」
皆が笑った。国王が合図を出すと給仕が一斉に始まった。
「私が申し上げるのも憚れますが、我が国の王と王族の方々が団結をされて、絆が深い事が分かりますので、国は安泰でございます。」
セオドラ卿が王族三人のやり取りを見て安堵した表情で言った。
このまま食事中も終始和やかに会話は続いた。
食後の飲み物で一息つく。
「そうだテヒョン、今日の予定は?」
国王が訊ねた。
「午後にニールとサンドリア侯爵とこの宮殿で会食の予定があるだけです。」
「そうか、それまで時間はあるか?相談したい事がある。」
「はい、分かりました。」
「後で私の執務室に参れ。」
「はい。」
「叔父上もセオドラ卿も、まだゆっくりしていって下さい。」
国王はそう言って先に部屋を出た。
テヒョンは少し経ってから、国王の執務室に向かった。
「入ってよいぞ。」
侍従長が扉を開けて中に招き入れる。
「そこに座ってくれ。」
促されてソファに腰掛けた。国王はテヒョンの目の前の机に寄りかかり、話を始めた。
「毎年開いているチャリティのポロ競技会があるだろう?」
「はい。今年はジョングクもトーマスも不在で、チーム・クレッセントはどうするのかと思っておりました。」
「そうなのだ。そこで今年は《競馬》を利用しようと思うのだが、どうだ?」
「ああ、、なるほど、、、改めてメンバーを募ったり、新たに催事を作るのは時間と経費がかかりますからね。チャリティーの為に不必要な出費をしては意味がありません。」
「やはり賢明な答えが返ってきたな。その通りだ。」
「陛下、、、お褒め頂いて誠に嬉しいのですが、、、なぜだか裏があるような気がして寒気を感じるのは気のせいでしょうか?」
国王はニヤリと笑うと、傍にあった椅子を掴んでテヒョンの前に置いて座った。
「そこまで察するとは、さすがだな。」
「無理ですよ、陛下。」
「まだ何も言っていないではないか。」
「いやいやいや、最終的には絶対私が首を縦に振りたくない内容でございますよね?」
テヒョンが立ち上がろうとすると、国王は肩を押さえて制した。
「まぁ待て、単刀直入に言うぞ。」
テヒョンは取り敢えず抗うのを止めた。
「キム公爵家は競走馬を飼育する厩舎を持っているであろう?そこの馬を出場させる。」
「うちの厩舎の馬をですか?しかし、確か地方競馬にしか出したことはないと思いますが、、、」
「いいのだ。今回は《大公子特別杯》と銘打ってチャリティ・ホース・レーシングを開催したい。」
「ちょっと待って下さい、陛下。なぜ私の称号をお使いになるのですか?」
「分からぬか?お前の人気にあやかってチャリティをするのだ。」
テヒョンは国王があまりにもあからさまに、テヒョン自身を利用しようとする事に驚いて笑ってしまった。
「陛下、今の私には婚約者がおります。もう人気なんぞあるはずがありませんよ。」
「なんだ、お前は知らぬのか?今や大公子とチョン伯爵は、戦争のせいで結婚を先延ばしにした、悲恋のカップルとしてそのラブストーリーが広がって、貴婦人達のお前達に対する人気が更に高まっておるのだぞ。」
「え?・・・・・全く存じておりませんが、、、」
テヒョンは唖然とした。
「テヒョンやジョングクの花嫁になる道は絶たれても、お前達の人気にはなんら影響がなかったのだ。それをチャリティに使わない手はないであろう?」
国王の提案している内容に、もはや異論を挟む余地は無かった。
「父上がなんと申しますか、、、」
「その心配には及ばぬ。叔父上に先に打診したが、公爵家の事は全てテヒョンに継承したので、采配は現公爵である息子が取ることになっていると仰っていたぞ。」
国王はニコニコしながら言った。
「父上は私には何も申されませんでしたが。」
「言わないで欲しいとお願いしたからな。しかし考えてもみろ、お前の名前で人助けが出来るのだぞ。、、、、それにこの収益は、この度の連合軍に出征して亡くなった兵士の遺族や、負傷を負った兵士達に見舞金として渡したい。」
テヒョンはハッとした。
「実際に亡くなった兵士は少なくない。遺族が路頭に迷うことがあってはならぬし、負傷した兵士の今後の生活の事もある。勿論、国からの恩給は支給されるが、守ってもらった国民からも、見舞う形として何か出来ないか考えて出した今回の策だ。」
「分かりました。その策略が何であれ、戦争で実際に傷付いた人々の役に立てるのであれば、うちの馬を出しましょう。」
「よく言ってくれた!」
国王はテヒョンの肩を抱いて称えた。
「それから、高額な掛け金を出してくれた紳士淑女達の特別席を設けるからな。当日は挨拶まわりを宜しく頼むぞ!」
そう言って国王はバシバシと肩を叩いた。テヒョンは絶望的に口をあんぐりと開くと頭を抱えた。
「今まではうまくすり抜けてきたのだろうが、今回ばかりは逃げたら許さんぞ。」
国王は苦々しい顔のテヒョンの前に指を向けて釘を差した。
テヒョンが自分の部屋へ戻ると、デイビスが待機していた。
「お帰りなさいませ殿下。」
迎えの言葉を掛けられても、何やらブツブツと呟きながらデイビスの前を素通りしていく。
「先程大公殿下がお先にお帰りになりました。宮殿にお戻りにならないのでしたら、今日の会食でのお召し物は、こちらにありますご衣装で宜しいでしょうか?」
「え?ああ、いいよ。すぐに用意出来るか?」
「はい。数日前にこちらに一式移しておいたお衣装がございますので。」
「そうか、良かった。ここに置いてあるものは、宮廷の儀礼的な衣装ばかりだからな。」
デイビスは万が一の事を考えて公務の日程に合わせ、住まいの宮殿と公務先のテヒョンが使う部屋の両方には、事前に着用する衣装を選び準備していた。これはかなり前からデイビス自ら行っている仕事だった。
『スミスが全部任せるようになったのが分かるな。』
「はい?何でございますか?」
「いいや、なんでもないよ。」
テヒョンは笑いながら言うと、デイビスの仕事ぶりを暫く眺めた。
「そうだ!ニューマーケットにある我が家の厩舎に至急連絡を取りたい。」
「はい。」
「調教師に、国王主催のチャリティ・ホース・レーシングにうちの馬を出すよう命令が出たと伝達をしてくれ。」
「かしこまりました。」
デイビスは部屋を出ると、急いで宮廷付きの通信係の所へ向かった。
使いを出して部屋に一人になると、書き物机に座り胸元から封書を取り出した。
それはジョングクに宛てる手紙だ。便箋を広げてそこに数行書き足し始めた。書いては手を止め、また書いては手を止めを繰り返す。
想いを寄せている相手には、気持ちが溢れて、何かと沢山書きたいことが増えるもの。だがたった数枚の便箋に全て気持ちを込めるなど無理な事だ。
テヒョンはこれ以上書き足すことはやめて、再び折り込むと封筒に入れて封蝋をする。そして封蝋に想いを託すように唇を当てた。
「殿下、お時間になりますので起きて下さいませ。」
テヒョンはデイビスに起こされて目を覚ました。知らない間にソファで眠っていたようだ。
「・・・もう時間か?」
「はい。今朝はお早いお出掛けでございましたから、無理もございませんね。」
既に着替えの衣装が用意されていた。
支度が済むと丁度侍従が呼びに来た。
「失礼致します。大公子殿下皆様方お集まりでございます。」
「うん。その前に、今陛下はどちらにいらっしゃる?」
「はい、執務室にいらっしゃいます。」
「では先に陛下の所に寄ってから参りたい。」
「かしこまりました。」
「デイビス行ってくるぞ。」
「行ってらっしゃいませ。」
ここから先は公務になる為、テヒョンの側には宮廷でのテヒョン専属の侍従が付くことになる。
先に国王が居る執務室に立ち寄った。
「失礼致します陛下。」
「おお、入れ。」
中に入ると国王は、机の上に積まれた沢山の書類に、承認のサインを書き入れていた。
「お忙しい所失礼致します。陛下にこれを預かって頂きたく、持参致しました。」
差し出された封書に目を向けると、笑顔でテヒョンの顔を見た。
「ジョングクへの返信だな。」
「はい。宜しくお願い致します。」
「分かった。」
国王は封書を受け取った。
「では参ろう。」
「はい。」
国王の執務室を出て会食の会場に向かう。
「大公子殿下のお成りでございます。」
会場に入るとサンドリア侯爵やそのお供の者、そしてニールが起立をして迎えた。
「待たせましたね。」
「大公子殿下にはご機嫌麗しゅうございます。」
「久しぶりですサンドリア侯爵。あなたもお元気でしたか?」
「はい、おかげさまで。」
テヒョンは侯爵と握手を交わす。次にぱっと視線を振ると、ニールが笑みを浮かべながら挨拶するのを待っていた。
「やぁ、ニール。結婚おめでとう!」
「お久しぶりでございます、大公子殿下。その節は私達の為に結婚のお祝いを下さり、恐れ多い事でございます。本当にありがとうございました。
しかし、、、殿下やチョン伯爵が御結婚を延期されましたのに、心苦しく思います。」
ニールは申し訳ないといった表情をした。
「馬鹿を申せ!私とジョングクは公人だ。ヨーロッパが戦争の最中(さなか)なのに祝い事をやるわけにはいかぬ。しかし、お前達は別だ。世の中が戦争中であっても幸せを享受してよいのだ。」
「はい、分かりました。こうして殿下のお元気な御姿を拝見できまして、うれしゅうございます。」
「なんだか挨拶もしっかり紳士的になっているではないか。」
テヒョンがからかうように言った。
「どうかご勘弁を、、、」
ニールは照れ隠しに頭を下げた。
「さぁでは食事を始めましょう。」
テヒョンが合図を出して着席すると、待機していた給仕係が動き出した。
この日はかしこまった仕事の会食ではなく、用水路工事に関わる土地の所有者と責任者を招いて、労いの場を設けただけであった。
しかし、今や工事のおかげで注目を集めているお互いの領地が観光名所にまでなってしまったので、それに伴う問題等今後の課題についてざっくばらんに会話が出来た。
硬い会議の場より現状を把握する事が出来て、ある意味意義深かった。
サンドリア侯爵自身も気さくなテヒョンの人柄に触れ、貴族の枠を出て素の自分としての言葉で話が出来るようになっていた。それは馴れ合いとは違い、敬意を保ったまま本音で話が出来るという事だ。
「殿下、ニール殿は技術者としてだけでなく、人格者としても最高でございますな。」
「そうですか。そう仰って下さるのはとても嬉しい。」
「彼は自身の部下だけでなく、私どもの作業者達にも分け隔てなく接してくれます。工事に関する相談や問題点も親身に聞いてくれているし、アドバイスも的確です。それに、仕事を離れた時間も皆を誘って飲食を共にしてくれるようで、信頼が厚く工事が更に捗っているようです。」
「ニールは元々面倒見がいいようですよ。現場でもそれが生かされているようで良かった。」
「優秀な技術者と一緒に仕事が出来ることを皆喜んでおります。私もこの工事をきっかけに、殿下とこうしてお近付きになれましたので、誠に幸せでございます。」
サンドリア侯爵は本当に喜んでいるようで、終始笑顔が絶えなかった。貴族に有りがちな傲慢さがない人柄で、テヒョンもそれが気に入っていた。
和やかな時間が過ぎ、充分に労いの意味を果たした会食はお開きとなった。
今回サンドリア侯爵はロンドンに嫁いだ娘の婚家に、数日滞在するようで久しぶりに娘や孫に会える事を楽しみに帰って行った。
テヒョンはニールを誘って自室でワインを一緒に飲んだ。
「サンドリア侯爵がしきりにお前の事を褒めていたぞ。」
「そうでございますか?お褒め頂きましても、なにやら恥ずかしくて落ち着きません。」
気恥ずかしそうに困った顔をした様子にテヒョンは笑った。
「現場で働く者達に対し、分け隔てなく接している事に感謝しておった。」
「それは、どこに所属しているかの違いだけで、働く者は皆同じですし仲間でございますから。」
「やはりお前の良い所は、そのように懐が大きく仲間を作れる所だ。責任者としての素質というものは、実はそこにあるのかもしれぬな。」
「今日はお褒めばかり頂けて、何やら怖い気も致します。」
ニールは遠慮しがちに答えた。
「素直に受け止めればよい。」
テヒョンはそう言ってニールのグラスにワインを注いだ。
「恐れ入ります。」
「お前自身は仕事で不自由はしていないか?」
「はい。今の所仕事そのものに問題はございませんし、職場の環境も良好でございます。」
「ならよかった。」
「あの、殿下は、、、?」
「ん?」
「失礼を承知でお訊き致しますが、婚約者でいらっしゃるチョン伯爵と離れられて、随分お辛いのではございませんか?」
テヒョンは遠慮なく訊いてくるその言葉を聞いてニールの顔を見た。本当に心配そうな表情を向けられて、一瞬寄り掛かりたくなる雰囲気を感じた。
「辛くないと言えば嘘になるな、、、。彼は戦場にいるわけだし、、、」
「伯爵はきっと殿下をお守りする為に、戦場へお立ちになったのですね。」
テヒョンはジョングクの思いを理解してくれているような言葉に、ぐっとこみ上げるものを感じた。
「彼の気持ちが、、、分かるのか?」
「私も殿下に忠誠をお誓い申し上げた身ですので分かります。チョン伯爵は殿下の一番お側近くにいらしたのですから、私もあの方の立場であれば、同じように行動したはずです。」
「そうか、、、私は臣下に恵まれ過ぎているのだな。」
テヒョンの目に光るものが見えた。
「どうぞ。」
ニールが空になったテヒョンのグラスワインを注いだ。満たされたグラスをニールのグラスへ傾けて、礼をするように当てた。
「まさか私が、大公子殿下の私室で恐れ多くもこうしてお側近く、ワインをご馳走になるなど想像もつかなかった事でございます。」
「私もだ。」
二人は笑った。プロスペクトニーで初めて顔を合わせた頃には、お互いにとても想像がつかなかったであろう。
「殿下、もう一つご報告したい事がございます。」
「ん?なんだ?」
「はい、、、実は、私も人の子の親になれそうなのです。」
ニールは恥ずかしそうに言った。
「おいおい、子が出来たのか?」
「・・・はい。」
「なんだ、めでたい話ではないか!なぜもっと早く言わないのだ。」
「いや、、、なんとも、きっかけが、、、」
「何を言っておる。お前らしくもない。」
テヒョンはケラケラと笑った。
ニールは誤魔化すようにワインをクイっと飲み干した。すかさずテヒョンはそこへ注ぎ足した。
「おめでとう!今は大事な時だろう?夫人を大切にな。」
「はい、ありがとうございます。」
幸せそうなニールの顔を見て心が満たされる思いだった。
お祝いだ、ということでシャンパンが追加された。こうしてテヒョンとニールは夜遅くまで飲み交わすことになった。
ゲインズ家での新婚生活や、職場の部下達との交流の話で盛り上がる。
だいぶボトルを空けた所で、ニールがそろそろ宿に戻るということになり席を立つ。テヒョンも立ち上がろうとしてよろけた。
「危のうございます!」
咄嗟にニールが支えて、そのまま優しく包みこんだ。
「すまぬ、かなり酔ったな・・・・・・・・・ニール?」
ニールは懐にテヒョンを留めたまま離そうとしないので声を掛けた。
「ご無礼をお許し下さいませ。」
その声には危うさは無く、逆に包みこまれる安心感にテヒョンは抗うことはしなかった。
「私は大公子殿下のおかげで、道を誤ることはありませんでした。
義父(ちち)や義母(はは)、優しい妻に恵まれ、、、子どもまで授かる事が出来て、今の私はこの上なく幸せでございます。」
「私のおかげなどではない。それはみんなお前の人徳だぞ。」
「それでも殿下がお導き下さったのですから・・・」
「褒めすぎだ。」
テヒョンはニールの背中を叩いた。すると今度は、少し力を込めてテヒョンを抱きしめた。
「殿下、貴方様は私の理想であり、憧れでございます。ですから誰よりも幸せでいらっしゃらなければなりません。」
「ハハハ、、、私はずっと幸せだ。」
ニールは、今度は身体を離してテヒョンの手を取ると跪いた。
「私は殿下がチョン伯爵と幸せな御結婚を迎えられますよう、、、心から願っております。お二人が仲睦まじくいつまでもお幸せである事を、、、」
「・・・うん、ありがとう。」
真剣な顔で自分とジョングクの幸せを願ってくれる姿に、胸が熱くなる。
それに他人の幸せを心から願う事が出来るニールを誇らしく思った。
「そう思ってくれているなら、まずはニール、お前達夫婦が今の幸せをずっと守っていてくれなければな。」
ニールはにっこり笑って頷いた。
「図々しくも大変失礼を致しました。
それではデイビス殿を呼んで参ります。殿下はお座りになっていて下さいませ。」
そう言ってテヒョンを椅子に座らせると部屋を出て行った。
暫くするとデイビスがやってきた。
「大丈夫でございますか?殿下。だいぶお飲みになられましたね。」
「大丈夫だ。」
「今夜はこのままこちらにお泊まり下さい。私はニール殿を送って参ります。」
「あ、私は大丈夫です。一人で馬車留めまで行けますから。ですのでこのままこちらで失礼致します。」
「恐れ入ります。どうぞお気を付けて。」
「ニール、お前の《家族》に宜しくな。」
「はい。ありがとうございます。ではまた。」
ニールは深々とお辞儀をすると帰って行った。
『あ、ジョングクの手紙にニールの事を書けばよかったな、、、』
「はい、何でございましょう?」
テヒョンの独り言にデイビスが反応した。
「何でもないよ。さ、もう寝るぞ。今夜はよく眠れそうだ。」
テヒョンは大きな欠伸をした。
【戦場での偶然】
D帝国国境付近_______
D帝国軍は連合軍に追い詰められると、いとも簡単に白旗を上げるようになった。
今回の戦闘に戦う意義を見出せなくなったことと、かなりの疲弊により戦意が失われつつあるようだ。
ただ、皇帝の居住区付近はまだまだ鉄壁の城壁で、半ば捨て身の様相である為危険極まりない状態だった。
ジョングク達特殊部隊はトーマス率いる部隊と共に、既にD帝国に入国していた。
国境を越えた途端、目の前の激戦を繰り広げたであろう状況に唖然とする。あちこち砲弾を受けた傷跡が無残にも瓦礫化していて、爆撃を受ける前はどんな建物が連なっていたのか想像も出来ない。
既に陥落したこの地域は連合軍の管理下に置かれ、一般人への保護救済が行われていた。
瓦礫の中のあちらこちらでは、負傷者を担架で運び出す姿が見られた。
焦げ臭い匂いが立ち込める街中を歩きながら、出撃までの待機が出来る場所を探した。ほとんど原型を留めない建物の中でも、頑丈である程度形を残していた銀行を見付けると中に入った。
連合軍によって治安は守られてはいたが、それでも銀行は強奪を恐れて、既に通常業務は閉鎖されていた。
ジョングク達はここを待機する所と決め、もぬけの殻になった場所に素早く設営を始めた。
「国境を越えた途端に酷い有様だな。」
アンジェロが荷物を降ろしながら言った。
「これは連合軍の砲弾ではありませんね。」
「聞けば、先の連合軍が進撃してきた所で、待機させていたD帝国軍の砲兵隊が、無差別で一斉に砲撃を始めたそうだ。」
「それでは一般市民もろともではありませんか。」
「連合軍側の負傷者よりも市民の被害の方が大きかっただろうな。敵側の大砲が旧式だった為、あっという間に迎撃により撃破され降参したようだ。」
ジョングクは怒りで言葉を失った。平気で自国民を巻き添えにする主君を守る必要がどこにあるのか。
捨て身の抗戦とは名ばかり。あっけなく白旗を上げるのは命を落としたくないからだ。戰場にいる兵士達の心は今揺れに揺れているのだろう。《何の為の戦いなのか》その自問自答に苦しんだはずだ。
「あの!すみません!」
特殊部隊と連合軍の連隊が設営を始めて暫く経った頃、誰かが慌てた様子でやって来た。
トーマスがその者の前に立ちはだかり身分の確認をする。
「あなたは?この国の方ですか?」
「あ、、いいえ、私はドイツの連合軍に従軍しております看護師でございます。」
説明をしながら首に掛けていた身分証を見せた。
「分かりました。それでどうしました?」
「こちらも連合軍の方々ですよね?お願いでございます!お手を貸しては頂けないでしょうか?」
「どうした?」
何事かとジョングクが奥からやってきた。
「大佐、こちらの女性はドイツからの連合軍に従軍している看護師だそうで、何やら我々の手助けが必要らしいのです。」
「私はこの隊の責任者、チョン・ジョングクと申します。何があったか聞かせてもらえますか?」
「チョン、、、ジョングク様、、?
あ!失礼致しました。実は妊婦が瓦礫に挟まっているのが見つかりまして、でも人手が足りずに助け出せないのです!」
「なんですって!分かりましたすぐ行きます。案内して下さい。」
ジョングクはそう言うとアンジェロに後の指揮を任せ、トーマスと数人の兵士を連れて外へ出た。
シャベルやスコップ、担架の代わりになるようにテントの布等を持って、先導する看護師に付いて行く。
暫くすると同じ白衣を着た看護師が二人、しゃがみ込んでいるのが見えた。そこには人の上半身が横向きで倒れていて、腰から下が瓦礫の下敷きになっている。幸いお腹には圧迫するものがなかった。ただ瓦礫の下にある下肢が圧迫されて、血の巡りが悪くなっていると思われた。
「班長!」
その場にいた二人が立ち上がって、ジョングク達と一緒に来た看護師を呼んだ。
「助けの方々を連れて参りましたよ!」
「もう大丈夫だ、今から出してやるからな、しっかりするんだぞ!」
ジョングクは妊婦に声を掛けた。息は荒いが少し笑みを浮かべたので、意識はあるようだ。
「よし、テントの布を広げて女性の上体の下に敷け。この上に引っ張り出したらそのまま担架にして運ぶからな。」
兵士達は指示通りに動き始める。看護師達も手伝った。
「腕力のある者は瓦礫を動かずぞ。衝撃がないように順々にどかすように。」
ジョングク、トーマスと数人の兵士が瓦礫を取り除く方に回った。
「はい、お水ですよ。少しづつ吸ってね。」
班長と呼ばれていた看護師はガーゼに浸した水を妊婦の口元に持っていって含ませてやった。それから瓦礫を取り除く間は、仲間の二人と代わる代わる背中を擦って痛みを和らげたり、不安を少しでも取り除かせようと声を掛けるなど、ケアをして妊婦の体調を看ていた。
ジョングクはその手際の良さに感心した。見ていなくても指示を出す声だけでそれがよく分かる。
妊婦の下半身を覆っている瓦礫を慎重にかつ手際よく除けていく。
「よし!これが最後だ。よいか、瓦礫を持ち上げたら、引き出せ!」
ジョングクとトーマスと数人の兵士が瓦礫を掴む。他の数人は妊婦の上体の下に手を入れて引き出す体勢を整えた。
「看護師のあなた方は女性を引き出す時に、痛がるようでしたらストップを掛けて下さい!」
「はい!」
揃って応えた。
「ではこちらもいくぞ!・・・しっかり掴んだな。」
「はい!」
「引き上げろ!!」
大きな板状の瓦礫が浮き上がった。
「今だ!引き出せ!!」
下肢のどこも引っ掛かる事なく、妊婦はスムーズに引き出された。
「大佐、引き出しに成功しました!もう大丈夫です!」
「よし、手を離せ。」
その瞬間瓦礫は地面に落ちた。
「さぁ救護所に運びますよ!体温が下がらないようにブランケットを掛けて。意識が落ちないように診て頂戴。」
班長の看護師は仲間に素早く指示を出して、妊婦の看護にあたった。
ジョングクとトーマスと数人の兵士が、テントの布を担架代わりに掴み上げた。
「このまま我々が救護所まで運びます。」
「ありがとうございます。誘導致します。」
「あとの者は銀行の設営場所に戻って、大佐と我々が救護所へ被災者を運ぶと伝えよ。」
トーマスが指示を出して残りの兵士達を返した。
程なくして妊婦を救護所まで運ぶことが出来た。
救護所は沢山の負傷者で溢れかえっていたが、妊婦は幸いすぐに医師から診察を受ける事が出来た。
「瓦礫の下でよくこれだけ耐えられたものだ。・・・ただ片足の大腿骨だけにこれだけの腫れがあると、骨折があるかもしれない。」
医師の所見を聞いていたジョングクは、妊婦の大腿骨あたりに手を当てて、
「大変かもしれないが、お腹の子の為にもしっかり療養をするんだよ。」
と声を掛けた。
「・・本当に、、、ありがとうございました。」
救出されてから意識がしっかりしてきた妊婦は、涙ながらに礼を言った。
「私達からもお礼申し上げます。チョン大佐、、、で宜しかったでしょうか?」
「はい。しかし礼には及びませんよ。ええと、、、あなたは何とおっしゃるのかな?」
「申し遅れました。私は看護班長をしております、ナンシー・ファーガソンと申します。医師をしております夫と共に連合軍に従軍医師団として参りました。」
「そうでしたか。ご苦労でしたファーガソンさん。」
「ここでは皆ナンシーと呼びます。」
「では我々もそう呼んでも?」
「勿論ですわ。」
ナンシーというその看護班長は、大事な任務を終えた安心感からか、やっと柔和な笑顔を見せた。その素顔は誰かの面影に似ている気がした。
「あの、、、チョン大佐。」
「はい。」
ナンシーは考えながらジョングクに訊ねた。
「貴方様は英国の連合軍の大佐でいらっしゃいますよね?」
「はい、そうですが。」
「・・・もしかして、大公子殿下でいらっしゃるキム・テヒョン公爵の婚約者のチョン・ジョングク伯爵でいらっしゃいますか?」
「ええ、そうですよ。」
ジョングクはにこやかに答えた。
「そうでしたか。実は私はまだ10代の頃、キム公爵家で母と一緒に女中として働いていた事があるのです。」
「え・・・?」
ジョングクはその時《ナンシー》という名前で何かを思い出した。
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