潘氏の訪朝に米国がクギ!? 「本音」を読み解いて未来を見通す

 

潘基文(バン・キムン)・国連事務総長が北朝鮮に訪問する予定があることを、このほど、各メディアが報じた。金正恩・第一書記との会談もうわさされていた。しかし、10日に開かれた国連安全保障理事会における、北朝鮮の人権侵害を討議する会合を受け、潘氏の訪朝は見送られることになった。

 

訪朝見送りの背景には、「なまぬるい安易な訪朝を許さず、人権問題などで北朝鮮に強い圧力をかけるよう米国が潘氏にクギを刺した」(国連関係者)との見方が出ている。(12日付産経ニュース)

 

潘氏は次期・韓国大統領選への出馬がささやかれているが、訪朝が実現すれば、国際機関の要人としては初めて金氏と面会することになり、自身の業績としてアピールできる。

 

国連事務局の最高責任者である潘氏が、国際問題の解決よりも、個人の手柄に興味があるとは思いたくないが、潘氏の動きは、幸福の科学の「霊言」で語られた内容と重なる。

 

大川隆法・幸福の科学総裁が2013年5月に行った霊言の中で、潘氏の守護霊は「事務総長を辞めた後の次なる使命」について問われ、「次の使命は韓国大統領」と野心を語った。大統領への出馬が取り沙汰されている現在の状況は、まさに潘氏の思惑通りに進んでいるように見える。

 

また、潘氏の守護霊は「国連は公平な機関ではなく、自分は(事務総長の地位を使って)スパイ行為をしているんだ」「(事務総長としての自分は)韓国の利益を考える調整者」と、国連の政治利用を隠そうともしなかった。

 

その他にも、反日的な発言が目立ったが、実際に潘氏は、9月に中国の北京で行われた、「抗日戦争勝利70周年」の式典に出席するなどしており、この点でも、霊言の内容とぴったり重なる。

 

潘氏による国連の政治利用は度を超えている。そもそも国連自体が、日本を敵視する戦勝国がつくった機関だが、国際社会は今一度、先の大戦における日本の戦いが本当に「悪」だったのか、戦勝国の戦いが本当に「善」だったのか、国連や事務総長はどう振る舞うべきかを含めて、見直すべき時期が来ている。(祐)

 

【関連書籍】

幸福の科学出版 『潘基文国連事務総長の守護霊インタビュー』 大川隆法著

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アマゾンの同書紹介ページ

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【関連記事】

2015年9月3日付本欄 抗日戦争70年の記念式典を開催 「中国軍30万人削減」はパフォーマンス

http://the-liberty.com/article.php?item_id=10131

 

2015年12月8日付本欄 ユネスコ「南京」登録の決定打は「日本政府が認めているから」 歴史学者の藤岡氏、幸福党の釈党首が会見

http://the-liberty.com/article.php?item_id=10592


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軽減税率は弱者への配慮ではありません、騙されないでください

品物の金額は所得関係無く支払うのですから、どこが弱者への援助になるのですか?

増税するための論点のすり替えです

アメリカには消費税は有りませんよね

増税は必要有りません

国の借金というのは、政府の借金です

国民が政府に金を貸してるのに、何故、国民が増税で負担しなければならないのですか?

明らかに詐欺の手口です

#弱者 #増税 #政府


習近平は、毛沢東が「親日」だったことを知っているか【後編】

http://hrp-newsfile.jp/2015/2528/

文/幸福実現党・政務調査会チーフ 小鮒将人

◆毛沢東が持っていた「歴史認識」

今回は、書籍「毛沢東」(遠藤誉著/新潮新書)より、毛沢東の「歴史認識」が現在の中国や韓国の指導者と全く異なることを幾つかの事例を通じて、お伝えいたします。

(1) 1956年9月、元日本陸軍の遠藤三郎元陸軍中将が、北京で毛沢東と会談した際に、以下のような言葉を述べたことが書籍「廖承志と日本」に記録されています。

「日本の軍閥がわれわれ(中国に)進攻してきたことに感謝する。さもなかったらわれわれは今まだ、北京に到達していませんよ。」

(2) 1961年1月、社会党の国会議員との対談でも、以下のような言葉を語っています。(「毛沢東外交文選」より)

南郷三郎氏と会ったとき、(南郷氏が)「日本は中国を侵略しました。お詫びのしようもない」と言いました。

私(毛沢東)は「あなたたちは、そういう見方をすべきではない。日本の軍閥が中国のほとんどを占領したからこそ、中国人民を教育できたのです。さもなかったら、中国人民は覚悟を抱き団結することができなかった。」

「そうなれば私は今もまだ山の上にいて、北京で京劇を観ることなどできなかったでしょう。(中略)もし、感謝という言葉を使うなら、私はむしろ日本の軍閥にこそ感謝したのです。」

さらに、1964年、社会党の訪中時にも、ひたすら謝罪の言葉を重ねる社会党議員に対して、毛沢東は同様に、日本軍への「感謝」を表明しているのです。

◆「南京大虐殺」について一度も触れた事がない

さて、「毛沢東」(遠藤誉著/新潮新書)では、毛沢東と「南京大虐殺」についての関連についても触れています。実は、毛沢東は、一度も「大虐殺」に触れたことがないのです。

「少なくとも毛沢東は新中国が誕生した後、そして彼が生きていた間、ほぼひとことも『南京大虐殺』に関して触れたことがない。教科書でもほとんど教えたことがないし、何か人民に向けたスピーチなどで取り上げたこともない。」

「毛沢東」を尊敬し、見習っている習近平氏は、ぜひこの部分に注目していただきたい。

プロパガンダのプロでもあった毛沢東が全く触れなかったというのは、実際に起こっていなかったからです。

その説を裏付けるデータがここに掲載されていました。

中国共産党の機関紙「人民日報」に「南京大虐殺」という言葉が何回でてきたのか、実際に調査した方が香港に居たそうです。その結果、

1946年~1960年 21回
1961年~1982年  0回
1982年~2105年 835回

1946年の第1期に掲載されたのは、東京裁判のテーマになったからであろうと推測されます。

しかし1982年以降の数字は常軌を逸しており、やはり何らかの政治的な意図があったものと推測せざるを得ません。

その「南京大虐殺」を大々的に宣伝したのが江沢民です。

◆江沢民の父は親日政権の元宣伝部長

江沢民はなぜ、これほどまでに反日の姿勢をつくろうとしたのでしょうか。

一つの説得力のある話として、彼の父親が大東亜戦争当時の汪兆銘政権で宣伝部長を行っていたということが大きいと言われています。

汪兆銘政権は毛沢東、蒋介石とは異なり、親日政権として東條英機首相が主導した大東亜会議にも中国代表として参加しました。

江沢民氏はそうした親日のレッテルが自らの政治生命を危うくするものだと感じたのかもしれません。いずれにしても、結果として、江沢民の時代から異常な反日教育が始まっているのです。

◆習近平は、ユネスコ遺産登録を速やかに取り消すべし

毛沢東は、明確に「南京大虐殺」に触れたことは一度もありませんでした。

彼は、表向きだけでも日本軍と戦った当事者で、本来、彼こそが民族の悲劇に対して主張すべき立場にいた人間であります。

現在、「毛沢東主義」を掲げ、国家の近代化を遅らせようとしている習近平国家主席には、以上のような事実をしっかり認識し、南京大虐殺について述べたことがない毛沢東を見習って、ユネスコ世界記憶遺産の登録取り消しを速やかに行うことを勧める次第です。

参考図書:「毛沢東」遠藤誉著/新潮新書

こぶな 将人

執筆者:こぶな 将人

政務調査会チーフ