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【七次元の世界(慈悲魔)】

人に対して、いろいろと親切にしたり、
優しくしたりするけれども、
結局のところ、なかなか幸福になれない
という人がよくいます。

なぜ、幸福になれないのでしょうか。
それは、”慈悲魔”になってしまうからです。
とにかく、人によかれと思って、
いろいろと世話を焼くのだけれど、
相手に尽くしているにもかからわず、
相手には感謝もされず、喜ばれもせず、
自分としては、むなしい気持ちを抱き続けて生きている人。
こういう人は、かなり多いでしょう。

それは、慈悲魔になってしまうことが原因なのです。
愛は、非常に容易に見て、その実、
非常にむずかしいものなのです。
それは、愛の中には、「人を生かす」という
働きが入っているからです。

そして、人を生かすという働きについては、
やはり、人々や世の中のことを深く知り、
人の心の本質を知り、
仏の心の本質を知らなければ、
なかなか分かるものではないのです。

 『永遠の法』 第4章より


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私たちは、この地球という星にあって、
さまざまなる人生修行をしている者であります。
そうして、この人生修行の最大の目的とは何かというと、
結局のところ、人間とは何かということを知るということであります。

では、私たちは、この人間とは一体何であるかということを、
どのように考えてゆけばよいのであろうか。
人間を人間ならしめておるものは、一体何であろうか。
この点について、深く深く考えてゆかねばならないのであります。
私は、人間が人間であることの前提の条件として、
二つの点があると思うのです。

人間の存在理由の第一点は、
これは幸せをもたらす存在であるということです。
人間が人間として地上の生命を有し、
これを把持(はじ)しながら日々生きている理由は、
人間が存在しているということがすなわち、
幸せを持ちきたらすものであるからであります。
これが、人間の存在の理由の第一点であります。

人間の存在理由の第二点は、人間とは無限に生長し、
発展していくものだという考え方であります。
第一点で申し述べた通り、その存在自体が、
他の存在への幸せの福音となるからこそ、
またその生長、発展ということが許されてよいこととなるのです。

もし、人間の存在が他を不幸にするものであるならば、
その、他を不幸にする人間にとっての生長や発展があっては、
ますます害を及ぼすようになってくるであろう。
したがって、幸せをもたらす存在であるからこそ、
また、自らも生長し、発展していくことが許されているのだ。
これをもって、人間の根本的なるあり方と思わねばならない。

したがって、われらがこの地上で生きてゆくためには、
常に自らをふり返り、自らが幸せをふりまく存在であるのかどうか、
これを常日頃から点検してゆかねばならない。

そうして、第二点として、自らが日々生長、発展しているかどうか、
これを確認してゆかねばならないのである。
私は、この二点をやはり探究し、そして研究し、
追究してゆくことこそが、人間としての本当のあり方というものを
理解させ、そして実感させる結果になるのではないかと思う。
したがって、地上にありて魂の修行をする人間は、
この二点を肝に銘じて日々修行に励んでゆかねばならない。

『大川隆法霊言全集 第8巻』天御中主神の霊言より


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【決断しきる技術】

困った時には、
よくよく考えることだ。
他人に答えを期待しても、
みんな様々なことを言うばかりで、
よけいに振り回されて、
進退きわまることがある。

そういう時には、
寝てもさめても、
考えて、考えて、考え抜くのだ。
すると、ある時、「ハッ」と、
悟りのように答えがひらめくことがある。

だが、その答えをも、
実行に移したらどうなるか、
ジーッと見通すのだ。
そうして、決断する。

素早い行動も必要だ。
自分自身が出した回答には、
必ず自己責任が伴う。
それは、つらいことだろう。

しかし、つらいけれども、
他方、誇らしいことでもあろう。
ただ右往左往するのではなく、
決断しきる技術を身につけると、
あなたの器は、
偉大なるものへと変身していくであろう。

心の指針87