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「般若と許す愛」

許す愛という愛の立場とは、
結局「人間がこの世でいきているということの辛さ、
というものを熟知した立場」なのです。

肉体に宿って修行しているがゆえに、
自分も、また他人も、過ち多い人生を送る。
人生の途中において、さまざまな間違いを犯す。
過ちの多い人生を、お互い迷いながら
手探りで生きている。
そういう人生であるのだ。

この手探りの人生であるがゆえに、
お互いにさまざまな間違いをするけれども、
この真っ暗闇の世界の中で、ともに、
手探りで生きているというその原点を
よく知って励ましあっていこう。

他人の悪は小さく見、自分の善も小さく見、
そして、お互いに、ともに生きるものとして、
手を携えて、角を引っ込めて生きて行こうではないか。
こういう、宗教的立場が、許す愛の立場なのです。
 
『心の挑戦』より

#手探り #立場


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みなさんは、もしかして「誰かさんのせい」にしていませんか。

この世で起きる不幸というものは、
ある程度、予想されていることばかりです。
予想されていないような事態など、
ほとんどありません。

したがって、
不幸な出来事のせいにしないことが大事です。
「あのことのせいで、自分の人生は駄目になった」
と考え、その不幸を人生の最後まで引きずるのが、
いちばん、よくないことです。

たとえ、不幸な経験をしたとしても、
それを心の糧として、素晴らしい人生を
生き抜いていく努力をしていくことが、
とても大事であると思います。

「ストロング・マインド」より

#不幸 #せい #素晴らしい人生


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【漲(みなぎ)るパワー】

下腹部の丹田の部分は、
大きな霊的中枢があるところですが
丹田の下には性的器官があり、
霊的な力が出ています。

精力、性欲が減退した状態では、
悪霊などの侵入があっても防げません。
精力が弱っているようだと、悪霊への抵抗力が
落ちるのです。一方、性的なパワーが高い状態にあると、
強い念力パワーが出ます。
念力を出すためのエネルギー磁場をつくり出しやすい
状況になるのです。 禁欲していると、
霊的なパワーがたまってきます。

これを密教やヨーガのほうでは
「クンダリニー」(とぐろを巻くもの)といいますが、
性的なチャクラから出てくるエネルギーがあるのです。
これは確かに、かなり強いものがあります。

このエネルギーは、善用すれば、悪霊を吹き飛ばしたり、
悟りを促したりする強い力になりますが、
悪用すれば、破壊作用として働くようになります。
そういう両方の力を持っているのです。

このように、人間の体には、いろいろな霊的部門があり、
その影響は誰もが受けているはずです。
意識して開発すれば、それなりの力は出てくると思います。

『神秘の法』より