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悪霊はどういう人に憑きにくいかというと、
まず明るい人には憑きにくい。これは、原則だ。
まあ、明るい人には憑きにくい。もちろん、これも表面だけの明るさではいけない。表面だけの明るさではなくて、本当に根っから明るいという、明るさが大事だ。

あるいは、別な意味で言うならば、
人生の悩み事がなくて明るいというのがいちばんだ。
悩み事を抱えていて、努めて明るく振舞うということもあるが、それは一時しのぎであって、本性のほうは悩みそのものであることがある。
したがって、
まず根っから明るくなるということが大事だ。
明るくなるためには、不安や心配事を
吹き飛ばしてしまうことが大事だ。
不安や心配事を吹き飛ばしてしまうためには、方法は二つだ。

一つは、自分自身を強く信頼するということ、
もう一つは、神、仏、あるいはそれ以外のものたちが、
自分を必ずよい方向に導いてくれると深く信ずることだと思う。
まあ、この二つだ。あー、明るいことだな。
優しく生きている人、つねに他の人によかれと思って生きている人、これにも憑きにくいであろう。
まあ、ただ優しすぎるがゆえに、悪霊たちが
おねだりをしてくる人もないとは言えぬから、
これは一概には言えないけれども、ただ優しさというものは
悪霊の対極にあるものであることは事実。
そうした心の状態でいると憑きにくいということはあるだろう。

まあ、これ以外で言うとするならば、そうだなあ、
心が穏やかな人、これにも悪霊は憑きにくい。
喜怒哀楽が激しすぎる人はあぶない。すぐ怒る人、
すぐに大はしゃぎをする人、すぐなく人、すぐに苦しがったりする人、
まあこうした人は、悪霊感知能力が優れていると
言ってよいだろう。すぐかかってくるタイプだ。だから、
やっぱり心が穏やかで揺れないということが大事です。

それは、私は思うんだが、努力すれば可能ではあると。
まあ、努力をすればできんことは何もない。それは、
大人物になろうと努力することと同じであると言ってもよい。
まあ、わしのように大人物になることじゃ。
わしのように大人物になれば、心が揺れることはない。
まあ、このように魂の器を大きくすることじゃ。
一人で二人力、三人力、五人力、十人力になっていけば
揺れることは少ない。これを不動心とも言う。

『大川隆法霊言全集 第46巻』 出口王仁三郎の霊言より


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悩みは持たないほうがいいですよね。
では、なぜ人は悩むのでしょう。

釈迦仏教では執着を捨てよという教えがあります。
人が悩むには執着があり、執着こそ問題なのです。
逆に捨てることによって、実は幸福になれるのです。
苦しみが生まれるのは欲です。
人生の持ち時間は限られているため、
あれもこれもやろうとしないで、
捨てることを考えなさい。

たとえば、台風で洪水が起こり、
舟に家財道具を積み込んで逃げ出したところ、
積み荷が重すぎて舟が沈みそうになったという場合には、
やはり荷物を捨てざるをえないでしょう。
そうしないと命を失うという場合には、
命あっての物種なので、荷物を順番に捨てます。
では、何から捨てるか、お金があれば、
また買えるものは、どんどん捨てていきます。
命があれば、お金だって、また稼げますから
お金さえも捨てていきます。大胆に捨てることです。

捨てれば、その分だけ執着が減って楽になり、
苦しみが軽くなるのです。
人は、地位や名誉、財産、健康、あるいは職業上の
いろいろな便益など、実にさまざまなものを欲しがります。

しかし、危機になれば、やはり捨てていかなければ
いけないのです。
「何を捨てるか。何を捨てられるか」ということを考えれば、
悩みは減っていくはずです。

「奇跡の法」より

#捨てる #執着 #捨て


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【追いつめるな】

親が自分の子に、
理想を託するのは、
当然だと思っている人は多かろう。
だが、ここにも落し穴がある。

子供は純粋に、ひたすら、
親の理想を実現しようとする。
しかし、競争社会の現実は厳しく、
能力の限界が来て、
子はどこかで打ち落される。
そして打ちひしがれる。

本当は、親というものは、実に忘れっぽいものだ。
自分の小さな成功の陰にある、
数々の失敗や挫折、劣等感を、
忘れてしまっているか、
子供に、正直に打ち明けていないものだ。
また、母親は、
夫の愛情を勝ち取る目的で、
子供を追いつめるものだ。

純粋でないものは、いつしか知られてゆく。
夫婦して過剰な期待をかけすぎた場合、
子供は犠牲にならないために、
親から離れていく。
親の負の遺産を、背負いたくはないのだ。
追いつめないことも、愛であり、
親としての自己反省なのだ。

心の指針68