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【転生輪廻の思想】

人間の過去世ということについて話をしてゆきたいと思います。
仏教では、人間にはみな過去世がある
ということを知っている人が多くいます。

原因・結果の法則は、今世のみに止まるのではなくて、
時代をへだてて現われてくるものだということです。
その理由としては、私たちの本質は肉体ではなく
本当は魂なのであり、その魂が時代を経、
地域を経て生まれ変わってきているということなのです。

そして、そうした生まれ変わりの結果、
過去幾転生をして学んできたことまた経験してきたこと、
これらが魂の下地となって、なんらかの
影響を今世に与えるということが、
はっきりしているわけなのです。

私たちは今回の人生ということを考えるにしても、
今世において自分がしたことというのは、
今世のみにおいてその結果を刈り取るわけではなく、
来世、未来世にまでその影響(カルマ)を
与えることとなるわけです。

こうしたカルマの法則は厳然として働いているのです。
人間は、その人が生きてきた過去の歴史というものを、
心のなかのテープレコーダー(CD)にしまいこんでいるのであり、
そのテープレコーダーには、今世で思ったこと、
行なったことというのが、すべて記録されています。

そして、そのテープを手繰(たぐ)ってみると、
その記録は単に今世のみならず
過去世にまで続いているのです。

つまり、魂というものは、丸いゴムボールの
ようなものであって、ある所を圧迫しひっこめると、
他の所が広がる。しかし、ひっこめられた部分は
必ずもとの所に戻ってこようとする。こうしたものなのです。

人間の魂というものは、常にボールのように
丸くありたいという理想があって、
その理想を時間の経過のなかで必す実現することと
なっているのです。それゆえに、どんな経験であっても、
全体的にバランスよくその人の人格が発展していく以外では、
極端なものが出た場合、それの修正ということを
余儀なくされているのです。

『大川隆法霊言全集 第34巻』 エドガー・ケイシーの霊言より


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【足ることを知る】

足ることを知るのは、
難しいことだ。

無軌道に突っ走って、
地獄を見た人は、
一時期、その境地を味わうが、
また、すぐに忘れてしまう。

欲が過ぎては失敗し、
慢心しては挫折する。
その振幅の激しい人を
天狗という。

そして自らの失敗を、
他人のせいや、
環境のせい、
世間のせいにして、
無反省のまま、
うらみ心を抱き続けると、
地獄界の住人となる。

人生の早い時期に、
自らの欲心を制し、
「足ることを知る」ことを悟った者は、
天狗界と地獄界には往かない。
これが智慧の言葉であることがわかるには、
人生への深い洞察が要るのだ。

心の指針43

映画『君のまなざし』公式サイト


http://kimimana-movie.jp/


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「心と身体」

そんなつもりはなかったのに、
他人に対してきつい言葉や悪い思いさせてしまったときは、
身体的な疲れが原因です。

もっと身体を健康にし、食生活を調え、
充分な睡眠時間を確保することが必要です。

毎日、お酒ばかり飲んで肝臓を苦しめていると、
健康生活を送れるはずがありません。
無理をしてでも、
いわゆる〝休肝日″をつくらなければいけません。

あるいは、体力がかなり落ちてきているようであれば、
週末に運動をして、身体を再建しなければいけません。
反省すべきです。

このときに考えるべきことは、
「色心不二(しきしんふに)」という仏教の言葉です。
「色」とは肉体のことであり、
「心」とは心、精神作用 のことです。
色心不二とは、肉体と心は別のものではないということです。
肉体と心は不二一体(ふにいったい)であり、
心の調子と身体の調子は両方が影響し合う関係にあるのです。

心の状態が悪いときには、
身体のほうは大丈夫かどうかということも考えなければいけません。
肉体は、上手に使えば、普通の人で八十年近く使えるのです。
肉体を上手に使って健康生活を送っていけば、
多くの人びとに幸福を与えることも可能です。

しかし、肉体をおろそかにしすぎると、
自分自身が病人になったりして、まわりの人に迷惑をかけ、
きつい言葉や、悪い思いをさせるようになります。
それはひとつの法則ですから、
自分で自分を守らなければなりません。
「まわりがそうだから」ということで流されていけば、
病気になるのはあたりまえです。

「信仰告白の時代」より