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貧しい人々のささやかな志によるローソクの一本は、
「まごころがこもっていれば、富める者の万灯より尊い」
という意味で使われています。

私は時折、この「貧者の一灯」という言葉について
深く考え込むことがあります。
悟りへの道を案内しているものにとっては、
山道を登ってくる一人ひとり固有の光を、
限りなき愛惜(あいせき)をもって眺めなければ
ならない時がある。

その愛惜の気持ちが、はたしてその人に届くだろうか。
あなたのその一灯を、限りなく愛しているといるという
私の気持ちが、果たして伝わるだろうか。

そう思ってしばし、涙ぐみ、立ち止まることがある。
「あなたにとっての最高の悟りを示しなさい」 
その光が、私には限りなくうれしいのだ。

光よ通え 『貧者の一灯』より


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人生に行き詰まったとき、迷ったとき、
道に迷って苦しんだとき、打ちひしがれたとき、
自分の限界を痛切に感じたとき、そういうときには、
祈ってください。

祈りこそが、あなたに与えられた、
最初にして最後の手段なのです。
まず、祈りの世界に入ってゆくためには、
主語は不要です。
 
しかし、心清くなければ、「その祈りは届かないという法則」が
あるのです。祈りは、己の心を清らかにし、己の心を神と共にし、
常に高級諸霊の働きを受けるためのものです。
そこに必要なものは、全宇宙を貫き流れているエネルギーと
一体となることです。

イエス・キリストの霊言 2章より