自国への誇りを失った国民は、卑屈となり、退廃に流されます。

世界に誇るべき技術も金融資産もある日本が、世界経済をリードできないのも、国力が劣る国にミサイルで脅されたり、国民を拉致されたりしても何もできないのも、日本人の心に深く埋め込まれた罪悪感が原因の一つといえます。

日本への「無罪判決」を書いたパール判事は、1952年に来日した際、「日本が過去の戦争において国際法上の罪を犯したという錯覚におちいることは、民族自尊の精神を失うものである。
自尊心と自国の名誉と誇りを失った民族は、強大国に迎合する卑屈なる植民地民族に転落する」と語りました。

今こそ日本人は、このパール判事の言葉を思い起こし、政界からも教育界からも自虐史観を追放し、世界を牽引するリーダーの自覚を持つべきです。(文責・小川佳世子)




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日本が、先の戦争に対する「戦犯意識」を植えつけられたのは、中国や韓国のプロパガンダに加え、連合国によって行われた東京裁判によるところも大きいと言えます。

東京裁判では、当時の指導者層が「平和に対する罪」という、完全な事後法で処罰されました。

「平和に対する罪」とは、平たく言えば、連合国側から見た「侵略戦争」を計画し、遂行した罪ということです。

インドのパール判事は「処罰の根拠となる『平和に対する罪』の『法』自体が成立しない」「法治社会の鉄則である法の不遡及を犯している」と指摘し、被告には刑法上の責任がなく無罪であると主張しています。

そもそも侵略戦争は別として、戦時国際法に則った戦争行為は犯罪ではありません。

日本が「侵略戦争」でなかったことについては、戦後、連合国軍総司令官であったマッカーサー自身が、日本が大東亜戦争に突入していった原因は「主として自衛のために迫られてのことだった(Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.)」と証言しています。(1941/5/3 米上院軍事・外交合同委員会)

アメリカの戦争犯罪をことさら取り上げることは外交上得策とは言えませんが、東京裁判がフェアな裁判であるならば、原爆投下や都市への大空襲など、軍人以外の一般市民を対象とした無差別殺戮(ホロコースト)を行ったアメリカの責任者も「人道に対する罪」で裁かれてしかるべきです。「戦争の勝者だから裁かれない」という法理は通用しません。




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そもそも、日本は周辺国に謝罪しなくてはいけないような行為を行ったのでしょうか?

まず、日本の植民地支配の代表例として挙げられる「韓国併合」ですが、これは当時の国際法上合法な外交交渉によって、日本と韓国はお互いの了承のもと、正式に併合条約を結びました。

現在の中国は、一方的に周辺国に武力侵攻し、「自治区」と称する植民地を広げておりますが、これとは全く性格の異なるものです。

韓国陸軍参謀総長、軍司令官を務め、元在日韓国大使となった崔慶禄氏は「日本が統治時代に韓国に大きな投資を行い、韓国が一足飛びに近代化したことはどうしても否定できない事実である」と述べ、鉄道や用水路、堤防、港湾施設などのインフラ整備を行った日本に感謝の言葉を述べています。

日本の侵略戦争と非難されることの多い「日中戦争(支那事変)」についても、台湾出身の歴史学者の黄文雄氏は「日中戦争とは、毛沢東の中国共産党と蒋介石の国民政府との内戦への日本の人道的介入であった」と指摘しています。

当時も、日本の動機を見抜いていた心ある宗教者はいました。日中戦争がはじまった年、当時のローマ法王ピオ11世は「日本の行動は侵略ではない。日本は共産主義を排除するために戦っている。共産主義が存在する限り、全世界のカトリック教会、信徒は、遠慮なく日本軍に協力せよ」と日本を擁護する発言をしています。

もちろん、歴史は片側の見方だけでは判定できませんが、日本政府がひたすらお詫びを繰り返すことは、日本の行為を正しく評価しようとする諸外国の方々、そして何より先人たちに申し訳ない行為といえます。



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