「次世代の党」分党考[HRPニュースファイル1062]

http://hrp-newsfile.jp/2014/1574/

文/幸福実現党岐阜県本部政調会長 加納有輝彦

◆石原新党の紆余曲折

日本維新の会を分党して旗揚げする事実上の石原新党「次世代の党」は、8月1日に設立することを確認し、月内に「自主憲法制定」を明記した綱領や規約を固め、9月16日に都内で結党大会を開催することを決めました。

新党の理念を、「自立」「新保守」「次世代」とし、「自主憲法制定」が党是となる見通しです。

振り返れば一昨年(2012)の10月、石原氏はお国のために一身を投げ出したいと東京都知事を辞し、同年末の総選挙に日本維新の会で挑みました。

当初、支持政党の「たちあがれ日本」(2010.4立党)の党名を「太陽の党」に変更し(2012.11)国政に再登板した石原氏でした。

しかし自公に過半数を取らせないために、ミニ政党の乱立を避け第三極の結集を呼び掛けていた橋下徹日本維新の会代表代行(当時)に共鳴し、日本維新の会と合流しました。(結果、太陽の党は結党後5日間で姿を消しました。)

2012.12月の総選挙の結果は稚拙な政権運営に終始した民主党への批判、揺り戻しとして、自民党の大勝に終わりました。石原氏は尖閣諸島問題等、風雲急を告げる国情から自分の出番である、総理大臣になれるというお気持ちもあったと思われます。

◆石原氏と橋下氏の決裂

あれからわずか一年半、今回の日本維新の会の分党は、石原、橋下共同代表の方針の決裂が原因でした。

橋下氏は、現在の一強多弱(自民党一強と他の多くの弱い野党という意味)の現在の構図を変えていくことが先決だとし、結いの党や民主党の一部を巻き込んで対抗軸をつくって一強多弱の構図を変えるべきだと主張しています。

一方、2012年末の時点では、石原氏も「第三極の結集こそ勝ち筋」として、小異を捨て大同団結を呼び掛けていましたが、今回、日本維新の会と合流予定の結いの党の江田代表が、「自主憲法制定という言葉は極めてイデオロギー臭の強い手垢のついた言葉だ」と非難し強く反発したことで、石原氏と江田氏が「小異」としてもはや妥協することは不可能となりました。

石原グループ側は、戦後構造を変えていくための一丁目一番地は、自主憲法制定であるとしているからです。分党の原因は、この結いの党との関係だけではありません。

◆大川隆法総裁の慧眼

石原氏は、7/10日夜、BSフジの「PRIME NEWS」に出演し、かつての盟友・橋下徹氏を「(彼が)わからなくなってきた。原発に対する彼の発言も、支離滅裂だ」「彼は歴史を知らない、特に現代史を知らない。」と厳しく批判しました。

この石原氏の橋下批判を聞き、幸福実現党大川隆法総裁の著書「橋下徹は宰相の器か」(2012.6発刊)を石原氏が謙虚にお読みになっていれば、これまでの迷走は回避できたのではないかと思われました。

同著で、大川総裁は橋下氏の本質的傾向を「商売をし、一時的に人気を得て、そこで取り尽くしたらよそに移動する。そこでも取り尽くしたら、からくりがばれる前に、また、よそへ移動する」というタイプの旅芸人のような人ではないかと述べておられます。

大川総裁は、橋下氏に対して、ゼネラルな教養が身についていないので、「幅広い教養」と「啓蒙的な人生観」を身に着けて欲しい、特に「外交、経済」が弱点となっているので勉強して欲しいとアドバイスも送っておられます。

さらに同著あとがきには、「橋下徹氏の守護霊には、維新の志士のように、命を捨てて、大業をなしとげようとする志が感じられなかった。」とも述べておられます。

総理の座をあきらめ「老兵は消え去るのみ」と弱音とも思われる発言が聞かれるようになった石原氏ですが、最晩年をお迎えになり最後の御奉公をと命を惜しまない志をお持ちであるなら、旅芸人の座長たる橋本氏の「曲芸」から離れる事は自然の成り行きであります。

石原氏が、日本の危機を救うために使命を全うされ、危機の時代の政治家の範を示されることを祈念もうしあげる次第です。

日本の未来を左右する教科書採択の戦い
http://hrp-newsfile.jp/2014/1576/
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【日韓経済】韓国・ロッテホテルの自衛隊 パーティ拒否、日本のネット上でロッテ不 買宣言続々

毎年の恒例行事である韓国にて行われる自 衛隊関連のパーティが今年は会場である ソウルのロッテホテルに拒否されたこと で、日本大使公邸で行われることとなっ た。

米軍や韓国軍も招いて例年行われるこの パーティだが、集団的自衛権の行使容認を 決めた後に 自衛隊のパーティを開くことへの批判が出 て、ロッテホテルは拒否した形となった。

韓国政府が日本に対して何らかのクレーム をつけることはこれまでに何度もあったも のの、 民間、

取った、 しかも、

してのこの対応にはネットで呆れムード だ。

もはや、日本と何らかの関係を持つと叩か れる韓国の風潮にうんざりする声が多数出 ている。

そして、さらには元々韓国発ではあるもの の、多くの日本人が働くロッテに対する不 買宣言が される事態になっている。

「もうコアラのマーチは食わんぞ」 「ロッテ不買に決定」 「ロッテのかわりのお菓子はたくさんあ る」 「ロッテ製品は金輪際拒否だわ

もロッテ戦はいかない見ない」 「ロッテ製品は一生不買ですよ」

http://yukan-news.ameba.jp/20140712-5703/
『南京大虐殺』の論点[HRPニュースファイル1061]

http://hrp-newsfile.jp/2014/1572/

文/幸福実現党政務調査会 佐々木勝浩

昨日の江夏政調会長の論考に続き、『南京大虐殺』を検証してみたいと思います。

◆諸説ある『南京大虐殺』の虐殺数

旧日本軍の虐殺数は、日本軍と戦った蒋介石が率いる国民党政府は、1947(昭和22)年の南京戦犯裁判軍事法廷で30万人以上とし、また中国共産党(現在の中国政府)は、30万~60万人で100万人と言うこともあります。

東京裁判(米国を中心とする連合国が日本を裁いた裁判)では、20万人以上です。アイリス・チャン著『ザ・レイプ・オブ・南京』では26~35万人。日本の識者の研究 は 20 万人を上限として、4 万人、2 万人などがあります。

しかし、国際委員会の活動記録(1939年に出版)では、殺害件数は26件と報告(南京事件の研究家・板倉由明氏は46件と分類)しています。しかも目撃されたものは1件のみで、他は伝聞や噂によるものです。

ちなみに米国は、広島や長崎に原爆を落とし、東京空襲では一夜で10万人の市民を虐殺するなど、トータルで30万人の日本の非戦闘員を殺害しました。これは否定しようがない事実です。

米国は自国の大虐殺を打ち消すため、ドイツと同じようなユダヤ人大虐殺に匹敵する事件を日本を裁くために、でっち上げる必要があったわけです。

そこで東京裁判で、はじめて「南京大虐殺」をつくり上げました。裁判では、日本軍がやったこととして虐殺などの証言は嘘でも認められ、それに対して日本側は反論の場も与えられない一方的な裁判を行ったのです。

◆当時の新聞記者の証言「見たことも聞いたこともない」

日本軍が南京に入城したのは、1937(昭和12)年12 月、世界のマスコミも含めて100人を超える報道機関が日本軍と南京城内に入っていますが、しかし当時30万人にも及ぶ虐殺があったという報道は当時されていません。

朝日新聞は従軍記者とカメラマンを16人派遣し自動車を使って南京戦を取材 しました。

南京戦での朝日新聞従軍記者の証言として、「南京事件ねえ、全然聞いてない。もしあったとすれば、記者の中で話が出るはずだ。記者というのは、少しでも話題になりそうなことは、互いに話をするし、それが仕事ですからねえ。噂としても、聞いたことがない。朝日では、現地記者を集め、座談会もやったが、あったなら話がでるはずだ。報道規制?何も不自由は感じていない。思ったこと、見たことはしゃべれたし、書いていた。」(橋本登美三郎氏 朝日新聞南京派遣記者団キャップ)

「私が編集局長の時、南京に特派した記者たちを集めて、一人一人  聞いてみたが、そのようなことは見たことも聞いたこともない、という返事ばかりだ。何万、何十万なんていう虐殺など、絶対にない。」(細川隆元氏 朝日新聞編集局長)

◆30万人の遺体が出ていない

アメリカが広島に落とした原爆で亡くなったのは10万人、だとしたら日本軍は原爆3つ分の兵器に匹敵する大虐殺を銃剣で行い、しかも世界のマスコミが一緒に入城していながら、誰にも見つからず12月の凍った土地を掘って30万人の遺体を埋めたということになります。

また南京では戦後、ビル建設も行われていますが遺体が出てきた話は全くありません。ですから中国が主張する日本軍の30万人大虐殺は常識的に考えてあり得ません。

◆中国が『南京大虐殺』を捏造する訳―対日外交圧力のカードとして利用

1998年、当時の中国の江沢民国家主席は会議の席上、「日本に対しては歴史問題を永遠に言い続けなければならない」と指示し、歴史問題を「対日外交圧力の重要カード」と位置付けていたことが「江沢民文選」の中で明らかになっています。

ですから、事実を捻じ曲げてでも、「日本を悪者」にしておく必要があるのです。

◆改革が求められる日本の「自虐史観教育」 (例・中学校の教科書)

東京書籍「首都南京を占領した。その際、婦女子を含む約20万人とも言われる中国人を殺害した(南京大虐殺)。」 

教育出版「日本軍は、シャンハイや首都ナンキンを占領し、多数の中国民衆の生命をうばい、生活を破壊した。ナンキン占領のさい、日本軍は、捕虜や武器を捨てた兵士、子供、女性などをふくむ住民を大量に殺害し、略奪や暴行を行った(ナンキン虐殺事件)。」

戦後の教育の中で捏造された歴史が子供たちに教えられています。これでは日本の子供たちが自分の国に誇りを持てるわけがありません。日本の子供たちが自分に自信が持てない理由の一因でもあります。捏造された歴史を正し、先人の名誉を回復し、日本人の誇りを取り戻すことが必要なのです。

【参考図書】 『南京事件の総括 虐殺否定十五の論拠』田中正明著/謙光社 
『南京虐殺の検証―南京で本当は何が起こったのか』阿羅健一著/徳間書店 
『南京事件の核心』冨澤繁信著/展転社   
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