私の音楽を聴いて、やはり、
神を感じたと言われる方は多いのであります。
また、私の音楽を聴いて、
人生を感じたという方も多いのです。
また、私の音楽を聴いて、
苦難の人生を、素晴らしいものに
変えてゆこうとする勇気が湧いてきた、
と言われる方も多いと思います。
音楽は何も語っていません。言葉はありません。
言葉はないけれども、雄弁なのが音楽であります。
あなた方が、どれだけ文字で
人びとを勇気づけるようなことを書いたとしても、
それを読まなければ、なかなかそのことはわかりません。
書物を一生の間で読むことがある人とない人に
分かれるでしょう。
けれども、音楽は、
世界各国の方が一度は耳にしておられます。
その折々に、さまざまな曲、曲のなかに、
私はさまざまな細工をしているのです。
音符の中に、私は隠しているのであります。
ですから、
聴いている人は気がつかないでしょうが、
私の「運命」なら「運命」という曲を聴いて、
悲惨な人生から立ち直ろうとする人がいます。
思想だけでは、人間というものはついてこないのです。
音楽は感性、人間の感情に
非常に大きく影響を与える芸術です。
五官を通じて入ってくるもののなかにも、
神の調べは入ってきます。
眼は嫌なものばかりを観ているわけではなく
美しいものも観ているのです。
天国地獄はあの世にあるだけではなく、
また思想的な世界だけにあるのではなくて、
眼に映るもののなかにも、天国地獄はあります。
美しい景色は、どう観ても天国であります。
目を思わずつぶってしまうような景色というのは、
どう観ても地獄です。
耳から入ってくるものものそうであります。
騒音は地獄音です。美しい調べは天国的なる調べです。
美しい言葉は、天国的な音であります。
しかし、人の悪口や陰口は地獄的な言葉です。
褒(ほ)め言葉というものは、
非常に美しい調べとなきます。
ですから、
「人の悪口を言ってはいけない。人は欺(あざむ)いてはいけない」
人の悪口とか中傷とかはだめ、
これは音楽的なる調べに直してみると、
大変、乱れた旋律になってしまいます。
感性のレベルとはこういうことになるのです。
『ベートーベンの霊言』より
神を感じたと言われる方は多いのであります。
また、私の音楽を聴いて、
人生を感じたという方も多いのです。
また、私の音楽を聴いて、
苦難の人生を、素晴らしいものに
変えてゆこうとする勇気が湧いてきた、
と言われる方も多いと思います。
音楽は何も語っていません。言葉はありません。
言葉はないけれども、雄弁なのが音楽であります。
あなた方が、どれだけ文字で
人びとを勇気づけるようなことを書いたとしても、
それを読まなければ、なかなかそのことはわかりません。
書物を一生の間で読むことがある人とない人に
分かれるでしょう。
けれども、音楽は、
世界各国の方が一度は耳にしておられます。
その折々に、さまざまな曲、曲のなかに、
私はさまざまな細工をしているのです。
音符の中に、私は隠しているのであります。
ですから、
聴いている人は気がつかないでしょうが、
私の「運命」なら「運命」という曲を聴いて、
悲惨な人生から立ち直ろうとする人がいます。
思想だけでは、人間というものはついてこないのです。
音楽は感性、人間の感情に
非常に大きく影響を与える芸術です。
五官を通じて入ってくるもののなかにも、
神の調べは入ってきます。
眼は嫌なものばかりを観ているわけではなく
美しいものも観ているのです。
天国地獄はあの世にあるだけではなく、
また思想的な世界だけにあるのではなくて、
眼に映るもののなかにも、天国地獄はあります。
美しい景色は、どう観ても天国であります。
目を思わずつぶってしまうような景色というのは、
どう観ても地獄です。
耳から入ってくるものものそうであります。
騒音は地獄音です。美しい調べは天国的なる調べです。
美しい言葉は、天国的な音であります。
しかし、人の悪口や陰口は地獄的な言葉です。
褒(ほ)め言葉というものは、
非常に美しい調べとなきます。
ですから、
「人の悪口を言ってはいけない。人は欺(あざむ)いてはいけない」
人の悪口とか中傷とかはだめ、
これは音楽的なる調べに直してみると、
大変、乱れた旋律になってしまいます。
感性のレベルとはこういうことになるのです。
『ベートーベンの霊言』より
