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あの世があるという真実「大宇宙の真理」

仏教は、「諸行は無常である」
「この世は仮の世である」と、繰り返し説いています。
 
それは、どういう意味かというと、
「本来の世界は、あの世の世界であり、この世には、
海外旅行のように、一時期、来ているだけなのだ。
赤ちゃんとして生まれて、人生修行をし、
いろいろな人と出会い、さまざまな経験をしながら、
新しい人生を築き、新しい個性を身につけて、
あの世に還る。そういう修行をするために、
この世に来ているのだ」ということです。
 
この認識を、きちんと持っていただければよいのですが、
学校の教科書や参考書には、どれを読んでも、
このようなことを書いてあるものはありません。
そのため、
「古い時代の人の思想だ」
「迷信だ」と思っている人のほうが多いのではないでしょうか。
 
しかし、厳しいことに、死後には、
「その人の、この世における思いと行い、
考えたことと行動したことが、真理価値に照らして、
どうであるか」ということが的確に判定されます。
 
これは、仏教だけでなく、エジプトの古代の宗教でも説かれています。
「その人が善人であるか悪人であるかが、
死後に正義の秤で量られる。その結果を記録しているのは
トート(トス)という神である」ということが
壁画などに描かれています。
 
古代のイランの宗教でも同様です。
ゾロアスター教では、
「あの世に渡るときには橋の上を歩いていく。
悪人の場合には、その橋が剣の刃のように細くなり、
その人は下に落ちてしまう。善人の場合には、
その橋をそのまま通ることができる」と説かれています。
これは、あの世に渡るときの裁きの厳しさを言っているのでしょう。
 
そのような話は、あちこちに遣(のこ)っています。
 
ところが、現代の知識人たちは、
「それは昔話や迷信である。人々に、悪いことをせず、
よいことをするようにさせるための、
道徳的なたとえ話である」と考えています。

しかし、その考えは間違いであり、そういう話は、
ほんとうのことなのです。
 
複雑なことが、ほんとうなのではなく、単純なことが、
ほんとうなのです。物事は単純に考えたほうがよいのです。
「単純なことが、ほんとうなのだ」
ということを知っていただきたいと思います。

『霊界散歩』(33~36ページ)より