「家庭を崩壊させないために」
人間は地上で生きていますと、どうしても欲が募ってきます。
あれもこれも手に入れたくなります。そして、
自分が尊大になっていくことがあります。
何もかも高下駄を履いて臨むのではなくて、
自分自身の現在の人生を愛することです。
他の人と比べたら満足がいかないところは当然あるでしょうけれども、
あなたが羨ましいと思っている人も、本当はどうかわかりません。
その人にはその人なりの苦しみがあります。
それぞれの人がそれぞれの人生を生きている。
自分自身 の固有の人生を愛し、抱きしめること、
それもまた「足ることを知る」現状の生活で幸せを
見出だすということなのです。
物質欲には限りがありません。金銭欲 にも限りがありません。
また、出世欲や名誉欲、異性欲、こんなものにも限りがありません。
しかしながら、正常な夫婦のあいだで子供が生まれて、
その子供を育てていくには、三十年という歳月が必要です。
三十年間家庭が安定するということが非常に大事なことなのです。
それが乱れたときには、子供の将来もまた目茶苦茶になります。
自分たちも、途中から人生が曲がり込んでいくこともあります。
そこで、家庭を崩壊させないために必要なことは、いったい何であるかというと、
やはり、この「足ることを知る」生活だと思うのです。
日々、感謝の気持ちでもって、ともに、妻のよいところを見、
夫のよいところを見、そして子供たちを育んでいくなかに、
幸福を見いだしていくことです。
妻に ないような特色を持った女性ばかりを求めたり、
夫にないような性質を持った男性ばかりを求めるような心でもっては、
ほんとうの幸福は開けてはきません。
この「足ることを知る」ということが、ほんとうは人生の
最大の幸福を生むことでもあります。ですから、
家庭の幸福をしっかり守るということも、現代的「足ることを知る」
生活であり、これもまた中道の道である、ということを
知っていただきたいのです。
このような足ることを知る中道の生活をしていますと、
いわゆる悪霊の侵入を防ぐことができます。
家庭のなかに魔を入れないこと。それが、
永遠に続いていく幸福なる道なのです。それはまた
日々の一つひとつを丁寧に踏みしめていく修行の道でもあると思います。
「心の挑戦よ」より
人間は地上で生きていますと、どうしても欲が募ってきます。
あれもこれも手に入れたくなります。そして、
自分が尊大になっていくことがあります。
何もかも高下駄を履いて臨むのではなくて、
自分自身の現在の人生を愛することです。
他の人と比べたら満足がいかないところは当然あるでしょうけれども、
あなたが羨ましいと思っている人も、本当はどうかわかりません。
その人にはその人なりの苦しみがあります。
それぞれの人がそれぞれの人生を生きている。
自分自身 の固有の人生を愛し、抱きしめること、
それもまた「足ることを知る」現状の生活で幸せを
見出だすということなのです。
物質欲には限りがありません。金銭欲 にも限りがありません。
また、出世欲や名誉欲、異性欲、こんなものにも限りがありません。
しかしながら、正常な夫婦のあいだで子供が生まれて、
その子供を育てていくには、三十年という歳月が必要です。
三十年間家庭が安定するということが非常に大事なことなのです。
それが乱れたときには、子供の将来もまた目茶苦茶になります。
自分たちも、途中から人生が曲がり込んでいくこともあります。
そこで、家庭を崩壊させないために必要なことは、いったい何であるかというと、
やはり、この「足ることを知る」生活だと思うのです。
日々、感謝の気持ちでもって、ともに、妻のよいところを見、
夫のよいところを見、そして子供たちを育んでいくなかに、
幸福を見いだしていくことです。
妻に ないような特色を持った女性ばかりを求めたり、
夫にないような性質を持った男性ばかりを求めるような心でもっては、
ほんとうの幸福は開けてはきません。
この「足ることを知る」ということが、ほんとうは人生の
最大の幸福を生むことでもあります。ですから、
家庭の幸福をしっかり守るということも、現代的「足ることを知る」
生活であり、これもまた中道の道である、ということを
知っていただきたいのです。
このような足ることを知る中道の生活をしていますと、
いわゆる悪霊の侵入を防ぐことができます。
家庭のなかに魔を入れないこと。それが、
永遠に続いていく幸福なる道なのです。それはまた
日々の一つひとつを丁寧に踏みしめていく修行の道でもあると思います。
「心の挑戦よ」より
