天国にも地獄にも行かずに、この世にとどまり、家や会社、
家族などに取りすがっている人は、何を言われても、
まったく理解不能です。
彼らは、お坊さんの読経の内容も、まったく理解できません。
私が聴いても理解できないぐらいですから、彼らは
理解できないと思います。
特に、お坊さんは、漢文のお経を読む際に、
「プロである以上、素人が分かるような読み方をしてはいけない」
とされていて、特別な読み方をします。普通の漢文の読み方ではなく、
中国南方系の呉音による読み方をして、まさしく理解を妨げています。
普通の漢字の読み方をしてくれると、聴いているほうも、もう少し
理解できるのですが、「どうだ、プロだぞ」という感じで、わざと、
普通とは違う読み方をして、分からないようにしています。
ほんとうに情けないかぎりです。
そのため、お坊さんの読経を聴いても、全然、救われません。もう、
どうしようもないのです。
お坊さんが葬儀をすると、亡くなった人も、「葬式をしている」
というかたちだけは分かるので、「それを見て理解せよ」
という面はありますが、ただ、それだけだと、霊界について
知識的には分からないわけです。
その意味で、「家族が仏法真理を知っている」ということは
大きいのです。亡くなった人は、やはり、何といっても、
すぐに家族を頼ってきます。そのため、
「家族が仏法真理を学んで行じている」ということは、
彼らにとって、一種の家庭教師がいるようなものであり、
少しずつ真理が伝わってくるので、ありがたいのです。
『復活の法』(57~58ページ)より
家族などに取りすがっている人は、何を言われても、
まったく理解不能です。
彼らは、お坊さんの読経の内容も、まったく理解できません。
私が聴いても理解できないぐらいですから、彼らは
理解できないと思います。
特に、お坊さんは、漢文のお経を読む際に、
「プロである以上、素人が分かるような読み方をしてはいけない」
とされていて、特別な読み方をします。普通の漢文の読み方ではなく、
中国南方系の呉音による読み方をして、まさしく理解を妨げています。
普通の漢字の読み方をしてくれると、聴いているほうも、もう少し
理解できるのですが、「どうだ、プロだぞ」という感じで、わざと、
普通とは違う読み方をして、分からないようにしています。
ほんとうに情けないかぎりです。
そのため、お坊さんの読経を聴いても、全然、救われません。もう、
どうしようもないのです。
お坊さんが葬儀をすると、亡くなった人も、「葬式をしている」
というかたちだけは分かるので、「それを見て理解せよ」
という面はありますが、ただ、それだけだと、霊界について
知識的には分からないわけです。
その意味で、「家族が仏法真理を知っている」ということは
大きいのです。亡くなった人は、やはり、何といっても、
すぐに家族を頼ってきます。そのため、
「家族が仏法真理を学んで行じている」ということは、
彼らにとって、一種の家庭教師がいるようなものであり、
少しずつ真理が伝わってくるので、ありがたいのです。
『復活の法』(57~58ページ)より
