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「宗教に縁をもちましょう」

「とりあえず」というかたちであったとしても、
何かの宗教、宗派に縁があったほうがよいのです。

死後、お父さんやお母さん、親類縁者が迎えに来てくれることが
多いのですが、必ず来てくれるとは限りません。
自分も修行中であるために出てこられない人も います。
そういう場合には、少し救いが遠のいてしまい、苦労することが
あるので、やはり、何かの宗教に縁があったほうがよいのです。

自分自身は信仰を持っていなくても、友達や身近な人のなかに
信仰を持っている人がいれば、ありがたいことに、それでも
縁ができます。

信仰心のある人は、友達が死んだときには、その人の死後のことを
心配して、一生懸命に弔ったり、「成仏するように」と冥福を祈ったりします。そうすると、 死んだ友達は、その信仰心のある人の
守護霊や、その人の宗教の指導霊団とつながりができ、
「あの人の友達だから、導きに行かなければならない」と思われ、
手配をしてもらえるのです。それで、あの世での行き場所が決まります。

あの世へ行ったときに、全然、案内人がつかないというのは
厳しいものです。死後、魂は体から離れ、トンネルを抜けて
光の世界に入り、お花畑を通って三途の川に出ます。

日本では川の場合が多いのですが、湖の場合もありますし、
スイスのほうでは、山の峠を越えることが三途の川を渡る
代わりになっていることもあります。

そのように、いろいろな場面が出てくるのですが、そのときに
何らかの導きは必要なのです。
そのために、宗教者たちは、この世において真理の伝道をし、
この世で伝道し損ねた場合には、あの世へ行ってから、
また導きの仕事をしています。そのことを知っていただきたいのです。

『霊的世界のほんとうの話。』(200~202ページ)