「魂の存在」
たとえば、私自身の肉体、
これを構成している細胞の数は、
何十兆という莫大な数であるといわれております。
その細胞の一つ一つは、何十日か何百日かたてば、
すべて死滅して新しいものに代わっています。
しかし、
一年たとうが二年たとうが、
私は私の個性として、
実体として存在し続けております。
この実体を存在させているものが
いったい何であるかということなのです。
何十兆もの細胞があって、
それぞれが勝手に点滅するランプのように
出来たり消えたりしているわ けです。
しかしながら、どのようなことがあっても、
私自身は、私の個性として存在している。
これはいったいどのようなことなのだろうかということです。
植物にしてもそうです。
一本の花を花たらしめているものは、
いったい何でしょうか。
毎日毎日、植物は伸びてゆき、
やがては花が開いてゆきます。
その姿は変 化していきますが、
やはり菊の花は菊の花として、
水仙の花は水仙の花として、
チューリップはチューリップとして、
存在しているのであります。
昨日と今日と では姿が違っても同じ存在なのです。
ここを統一しているものはいったい何なのでしょうか。
動物でもそうであります。
いろいろと変化していきますが、
その個性を統一しているものがあるのです。
この個性を統一しているものこそ、
魂といわれているものの正体であるということなのです。
「太陽のメッセージ」より
たとえば、私自身の肉体、
これを構成している細胞の数は、
何十兆という莫大な数であるといわれております。
その細胞の一つ一つは、何十日か何百日かたてば、
すべて死滅して新しいものに代わっています。
しかし、
一年たとうが二年たとうが、
私は私の個性として、
実体として存在し続けております。
この実体を存在させているものが
いったい何であるかということなのです。
何十兆もの細胞があって、
それぞれが勝手に点滅するランプのように
出来たり消えたりしているわ けです。
しかしながら、どのようなことがあっても、
私自身は、私の個性として存在している。
これはいったいどのようなことなのだろうかということです。
植物にしてもそうです。
一本の花を花たらしめているものは、
いったい何でしょうか。
毎日毎日、植物は伸びてゆき、
やがては花が開いてゆきます。
その姿は変 化していきますが、
やはり菊の花は菊の花として、
水仙の花は水仙の花として、
チューリップはチューリップとして、
存在しているのであります。
昨日と今日と では姿が違っても同じ存在なのです。
ここを統一しているものはいったい何なのでしょうか。
動物でもそうであります。
いろいろと変化していきますが、
その個性を統一しているものがあるのです。
この個性を統一しているものこそ、
魂といわれているものの正体であるということなのです。
「太陽のメッセージ」より
