「力強く生きたいという願う、それが菩提心」
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
ふたたび、あなたがたに、大切な話をすることとしよう。
あなたがたの多くは、
地上に数十年の人生を生きてきて、
かつてみずからが続けてきた、魂の修行を
忘れているに違いない。
しかし、私は言っておく。
あなたがたは、過去、幾転生のなかを、
仏弟子として生きてきたのだ。
永い永い転生の過程を、
わが弟子として生きてきたのだ。
自分の心の内に、よくよく問うてみるがよい。
さすれば、深く、強く、求めるものがあるであろう。
道を求める気持ちがあるであろう。
何か崇高なるもののために、
たとえ、その道、厳しくとも、
力強く生きたいという願いがあるであろう。
その強い願いこそ、菩提心というべきものであるのだ。
かつてわが弟子であった証明は、
あなたがたの心に菩提心があることだ。
みずからの内を振り返りみて、
あるいは、強い菩提心があり、
あるいは、かすかなりといえども、
深い深いところで求めている、ただならぬ心があるならば、
その人は必ずや、
かつて仏弟子であったと言って間違いはない。
『永遠の仏陀』より
諸々の比丘、比丘尼たちよ。
ふたたび、あなたがたに、大切な話をすることとしよう。
あなたがたの多くは、
地上に数十年の人生を生きてきて、
かつてみずからが続けてきた、魂の修行を
忘れているに違いない。
しかし、私は言っておく。
あなたがたは、過去、幾転生のなかを、
仏弟子として生きてきたのだ。
永い永い転生の過程を、
わが弟子として生きてきたのだ。
自分の心の内に、よくよく問うてみるがよい。
さすれば、深く、強く、求めるものがあるであろう。
道を求める気持ちがあるであろう。
何か崇高なるもののために、
たとえ、その道、厳しくとも、
力強く生きたいという願いがあるであろう。
その強い願いこそ、菩提心というべきものであるのだ。
かつてわが弟子であった証明は、
あなたがたの心に菩提心があることだ。
みずからの内を振り返りみて、
あるいは、強い菩提心があり、
あるいは、かすかなりといえども、
深い深いところで求めている、ただならぬ心があるならば、
その人は必ずや、
かつて仏弟子であったと言って間違いはない。
『永遠の仏陀』より
