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肉体は、水に流れていく
泥の家のようにはかないものなので、
唯物論的な解釈として、
「そういうものにとらわれてはいけない」
という考え方もあります。

ただ、この世にある存在そのものも
また、実はエネルギーの表れにしかすぎないのです。
エネルギーの本質は霊的エネルギーです。
その霊的エネルギーが、粗い波動になって、
この世に顕現してきたときに、物質となるのです。

家であろうと、人間の肉体であろうと、
やがては朽ちて土になりますが、最終的には、
また霊的エネルギーに還元されるわけです。
 
地球には多くの生き物が生きていますが、
地球が消滅したあとも、その生き物たちが
地球に生きていたときの生命エネルギーそのものは、
霊界に存在しつづけ、決して消えることはないのです。
これは、もう一つの「エネルギー不滅の法則」です。
また、多くの生命をはぐくんでいる理由でもあるのです。
 
過去に生きていたものたちが、霊界でエネルギー磁場をつくり、
そのなかから、また現代的な存在をつくり出してきています。
そして、すべては、根本的なる、大いなる念いが
顕現してきたものなのです。
 
したがって、物質と精神とを分ける考え方は極端であり、
「物質も精神も、最後には一元化して、
一つのものに還元されていくのだ」ということを
知らなければいけません。
 
「無我の思想は唯物論ではない」と述べましたが、
ある意味では、物質に適用できる無我の思想もありうるのです。
「すべては光に還元される。すべては仏神のエネルギーに
還元される」という意味においては、
唯物的な側面を持った無我の思想も妥当でありうるわけです。
 
そして、この世の肉体がなくなったあとの霊魂なるものも、
ほんとうは仏神の光が一定の形状を持っているにすぎないのです。
霊魂もまた、ほんとうの意味での本質的存在ではなく、
さらに奥には光のみが存在するのだということを
知らなければならないと思います。

大悟の法より