「貧乏神のささやきを受けている」と思ったら、
それを聞き入れては相成りません。
特に、今は教育関係者にも貧乏神が
取り憑いていることが多いので、
その人たちに教わると、教わったほうも貧乏になっていきます。
その人たちは、そういう間違った教育を、
一生懸命、やっているのです。
二宮尊徳という人は、実は、いわゆる日教組教育と
戦う性質を持っている人なのです。彼は資本主義の権化であり、
「一生懸命、勉強すると、そのあと、お金も儲かるし、
事業にも成功する」という考え方をして、勉強と金儲けを
結びつけた人なのです。
しかし、学校に税金を投入しても、子供たちが
授業を一生懸命に受けたところ、
貧乏になったり、税金を払えない会社や倒産するような
会社をつくったりするようでは意味がありません。
そういう人を大量につくられたら、困るのです。
出世したり、収入や財産が増えたりすることを、
「悪だ」と教えられたら、豊かになりようがありません。
あるいは、社長になったり、大企業家になったり、
資本家になったりすることを、「悪だ」と教えられたら、
そういう人に、なりようがないではありませんか。
「社長になったら地獄に堕ちるぞ」と言われたら、
社長にはなれません。
「平社員のままで置いておいてください」と言うしかないのです。
もし、「平社員は、 みな天国へ行く。社長や重役は、
みな地獄へ行く」という教えを説かれたら、
地獄へ行くのは怖いので、偉くなりたい人は誰もいなくなります。
そういう考え方をするのではなく、
やはり、より多くの人たちに、世間のお役に
立ってもらわなくてはなりません。
会社的に見ても、社員をより多く雇い、その人たちに
給料を払うことができて、多くの人に人生の生きがいを
与えることのできる人が必要です。
「この会社に勤めてよかった。仕事にやりがいがあり、
生きがいがあった。会社が発展し、世の中のためになって、
とてもうれしかった。よい人生を送れた」と 思い、
感謝する社員が数多く出てくる会社にすることができたら、
その人たちの地位が上がり、重役や社長になっていくことは、
よいことなのです。
そういう方向に行かなくてはなりません。
そうなっていくように、学校教育の段階から、
企業家精神を養っていかなければならないのです。
「繁栄思考」より
それを聞き入れては相成りません。
特に、今は教育関係者にも貧乏神が
取り憑いていることが多いので、
その人たちに教わると、教わったほうも貧乏になっていきます。
その人たちは、そういう間違った教育を、
一生懸命、やっているのです。
二宮尊徳という人は、実は、いわゆる日教組教育と
戦う性質を持っている人なのです。彼は資本主義の権化であり、
「一生懸命、勉強すると、そのあと、お金も儲かるし、
事業にも成功する」という考え方をして、勉強と金儲けを
結びつけた人なのです。
しかし、学校に税金を投入しても、子供たちが
授業を一生懸命に受けたところ、
貧乏になったり、税金を払えない会社や倒産するような
会社をつくったりするようでは意味がありません。
そういう人を大量につくられたら、困るのです。
出世したり、収入や財産が増えたりすることを、
「悪だ」と教えられたら、豊かになりようがありません。
あるいは、社長になったり、大企業家になったり、
資本家になったりすることを、「悪だ」と教えられたら、
そういう人に、なりようがないではありませんか。
「社長になったら地獄に堕ちるぞ」と言われたら、
社長にはなれません。
「平社員のままで置いておいてください」と言うしかないのです。
もし、「平社員は、 みな天国へ行く。社長や重役は、
みな地獄へ行く」という教えを説かれたら、
地獄へ行くのは怖いので、偉くなりたい人は誰もいなくなります。
そういう考え方をするのではなく、
やはり、より多くの人たちに、世間のお役に
立ってもらわなくてはなりません。
会社的に見ても、社員をより多く雇い、その人たちに
給料を払うことができて、多くの人に人生の生きがいを
与えることのできる人が必要です。
「この会社に勤めてよかった。仕事にやりがいがあり、
生きがいがあった。会社が発展し、世の中のためになって、
とてもうれしかった。よい人生を送れた」と 思い、
感謝する社員が数多く出てくる会社にすることができたら、
その人たちの地位が上がり、重役や社長になっていくことは、
よいことなのです。
そういう方向に行かなくてはなりません。
そうなっていくように、学校教育の段階から、
企業家精神を養っていかなければならないのです。
「繁栄思考」より
