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自由の発見

世の中は不思議なことで満ちています。
まったく不思議です。
この世の中は目に見えない、
いろいろなもので縛られているように見えます。

ほんとうの意味で自分にまとわりついている、
いろいろなものを捨てなければならないと思います。
子供が質問を発するようなごく自然の疑問を
持たねばならないと思います。ごく自然の疑問です。

人間は本来自由であるのに、
いたるところで鉄鎖につながれているといった
哲学者もおります。押し着せの価値を認めない
ということなのです。

つまり「自由の発見」です。
反省とか祈りが人間には必要になることはありますが、
それ は不自由に生きてきた人間が何とかして
本来の自己に戻ろうとしている姿であります。
本来の自己の自由というものを知るべきです。

なにゆえに、他の人の存在によって、
介在によって、その価値観によって
自分をねじまげようとするのか。
なぜ、アサガオの蔓(つる)にユリの花を
咲かそうと するのか。
自分の内にあるこの自由の芽というものを
はっきりさせなさい。
それを伸ばしてゆきなさい。
けっして他の人に咲くべき花 を
みずからに咲かそうとするのではなく、
みずからはみずからの花を自然に咲かそうとしなさい。
自然に咲かせるべきものを咲かせなさい。
こういっているのです。

他人のせいにするではなく、まわりのもの、
環境を考えるのではなく、ごく自然に自分が育ち、
そしてふるまい生きてきたら、
どうなったであろうかと考えてください。
つまり、これからの未来を生きていく人間にとって、
どうしてもだいじなことなのです。

「太陽のメッセージ」より