私たちは「反省の功徳」をおおいに生かすべきだと思うんです
日々修行をし、そして心の錆落としをして、
仏の光というものを受けとめることができるようになったとき、
すなわち守護霊や指導霊の指導を受けられるような状態になったとき、
私たちは、この三次元を超えた世界、
無限の世界がほんとうにある、ということを知ります。
そして、自分が独りで孤独な魂修行をしていたと思っていたところが、
実は、自分の魂の兄弟という存在が、
生まれ落ちてよりずっと自分を見守ってきたという
事実に気づきます。
「ああ、そのような霊存在が、自分をずっと眺めていたのだな。
そして、その霊存在は、ほんとうは自分自身から
まったく離れた存在ではなく、
自分自身のなか の真我なる心、ほんとうの心、
潜在意識のなかの穢れていない心であり、
それが実は自分の守護霊となって見ているのだ」
ということに気づくことになるのです。
ところが、それは潜在意識といわれるだけあって、
表面意識とは違ったものなのです。
表面意識というのは、みなさんが目が覚めている状態です。
朝、目が覚めて、夜、眠るまでのあいだに、
目覚めている意識のことです。
この意識は、みなさんの頭脳や神経作用、肉体諸器官から、
まったく自由ということはありえません。
したがって、非常に三次元的な物質波動に染まりやすい、
また、他人の影響を受けやすい、非常にこの世的な
波動に染まりやすい部分であると言ってもよいと思います。
これが、私が日頃みなさんに勧めている反省の意味でもあります。
守護霊は、あなた自身を毎日見つめてはいるのですが、
守護霊からは、その本来の声 をみなさんに届けることが、
どうしてもできないことがあります。
それが、表面意識が汚れているとき、濁っているときなのです。
ですから、表面意識といわれる心にある曇りを、反省によって、
一つひとつ晴らすことで、潜在意識の部分と
同通していくことになります。
そうすると、肉体を持って生活をしておりながら、
その身そのままで、実在界とつながった存在としての
みなさんとなるのです。
みなさんの考え方が守護霊の考えと一致します。
実在界の視点でもって生きていくことができるのです。
その視点でもって生きていくときに、
みなさんの悩みというものは、なくなっていきます。
「心の挑戦」より
日々修行をし、そして心の錆落としをして、
仏の光というものを受けとめることができるようになったとき、
すなわち守護霊や指導霊の指導を受けられるような状態になったとき、
私たちは、この三次元を超えた世界、
無限の世界がほんとうにある、ということを知ります。
そして、自分が独りで孤独な魂修行をしていたと思っていたところが、
実は、自分の魂の兄弟という存在が、
生まれ落ちてよりずっと自分を見守ってきたという
事実に気づきます。
「ああ、そのような霊存在が、自分をずっと眺めていたのだな。
そして、その霊存在は、ほんとうは自分自身から
まったく離れた存在ではなく、
自分自身のなか の真我なる心、ほんとうの心、
潜在意識のなかの穢れていない心であり、
それが実は自分の守護霊となって見ているのだ」
ということに気づくことになるのです。
ところが、それは潜在意識といわれるだけあって、
表面意識とは違ったものなのです。
表面意識というのは、みなさんが目が覚めている状態です。
朝、目が覚めて、夜、眠るまでのあいだに、
目覚めている意識のことです。
この意識は、みなさんの頭脳や神経作用、肉体諸器官から、
まったく自由ということはありえません。
したがって、非常に三次元的な物質波動に染まりやすい、
また、他人の影響を受けやすい、非常にこの世的な
波動に染まりやすい部分であると言ってもよいと思います。
これが、私が日頃みなさんに勧めている反省の意味でもあります。
守護霊は、あなた自身を毎日見つめてはいるのですが、
守護霊からは、その本来の声 をみなさんに届けることが、
どうしてもできないことがあります。
それが、表面意識が汚れているとき、濁っているときなのです。
ですから、表面意識といわれる心にある曇りを、反省によって、
一つひとつ晴らすことで、潜在意識の部分と
同通していくことになります。
そうすると、肉体を持って生活をしておりながら、
その身そのままで、実在界とつながった存在としての
みなさんとなるのです。
みなさんの考え方が守護霊の考えと一致します。
実在界の視点でもって生きていくことができるのです。
その視点でもって生きていくときに、
みなさんの悩みというものは、なくなっていきます。
「心の挑戦」より
