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神と言われる言葉にも多義性があり、
宇宙の根本神の心は
なかなか計り難いものがありますが、
三千年の歴史のなかで、
神とも称されきた私の立場から言うならば、
神の愛する人間像には
三つの姿があると言えるのではないかと思います。

第一の姿は、「秩序と調和を大切にする人間」です。
秩序を大事にする考えは、結局、調和を生んでいきます。
秩序と調和という、この大いなる原理、
これを大切にして、そして社会全体の美しい姿を
描き出していくこと。これが大事です。

秩序を破るということは、それ自体がひとつの不調和であり、
地獄図であります。秩序を大切にしていく。
そして、調和を大事にしていく。
人びととの間の和を大事にしていく。協調を大事にしていく。
ここが重要ではないかと思います。

この意味で、現代に蔓延している自我我欲を主張する生き方
我欲、我流の生き方に対して、
私は、厳しい警告をしておきたいと思います。
それが、地獄を生んでいる原因であるということに、
気付かねばなりません。

神の愛する人間像の第二として、
私は、「愛の実践」ということをあげておきたいと思います。
愛の実践とは、すなわち、多くの人びとに
美しい人生を生きて頂きたいと思う心、願う心です。
多くの人びとに、真実の人生を生きてもらいたいと願う心、
それを助けようと願う心です。

多くの人たちが本当に幸せになるために、何らかの
努力を惜しまないという心、それが愛の実践です。
あなたは今日一日、どれだけ多くの人を喜ばしたでしょうか。
多くの人びとを幸せにするような努力をしたでしょうか。
私は、それが大切であると申しているのです。
多くの人びとを愛するということ。
これが何にもまして重要なことです。

自らに与えられた一日という時間を無駄にすることなく、
愛の実践に生きることです。
自分として、どのような生活をすることが
多くの人びとへの愛となるか、
これを深く深く考えて頂きたいと、私は思います。
(明日へと続く)

天照大神の霊示より