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◆天皇皇后両陛下、ペリリュー島にご訪問
http://hrp-newsfile.jp/2015/2137/
天皇皇后両陛下は、本日からパラオ共和国に1泊2日でご訪問されます。

ペリリュー島では、日本政府が建てた「西太平洋戦没者の碑」と、米陸軍の慰霊碑にそれぞれ献花されるご予定があり、先の大戦で散っていった兵士たちの魂の慰霊を行われます。

両陛下のご訪問に先立ち、幸福実現党党首 釈量子もペリリュー島を訪問いたしました。

戦車がそのまま放置されており、砲弾の跡がまだ残っている現地を見、現地の方の声を聞いた釈党首。「先の大戦で亡くなられた日本兵は、無駄死ではなかった」と確信できる内容になっています。

THE FACT 天皇陛下のパラオ慰霊に寄せて 大東亜戦争「ペリリューの戦い」を知る
http://thefact.jp/2015/349/

◆ひどかった白人統治時代

1919年、パラオは国際連盟の委託によりドイツの植民地から日本の委任統治領となりました。

日本の委任統治前、パラオ諸島はスペイン、次いでドイツの植民地でありました。

1885年から1899年までの14年間のスペイン統治の時代、パラオの先住民の人口は、元の1割に減ってしまいました。短い期間に、先住民の9割の命が奪われたのです。

植民地政策がどのようなものであったか、想像に難くありません。

スペインはもちろんドイツ時代においても、植民地からは搾取を行うのみで、教育やインフラ整備、産業育成などは行いませんでした。

◆能力が花開いた日本統治時代

しかし日本は違いました。

パラオに南洋庁を設置し、学校・病院・道路・橋の建設などのインフラ整備、稲作・野菜・果実の栽培を教えました。

すべてのパラオ住民に、無料で数種類の予防接種も受けさせました。

また教育にも大変力を入れました。

パラオの人々は優秀だったようで、教育を行った結果、小学校1年生で九九の暗誦ができたそうです。

また、日本が統治した国々の代表を集めての算数の学力大会を行ったときには、パラオの小学生が優勝したのです。日本人の教育熱心さに驚かされます。

当時、パラオには書くための文字がありませんでした。そのため、小学校では日本語で教育を行いました。