埼玉県朝霞市三原に住む市立朝霞第三中2年の 斎藤杏花(あんな)
方不明になってから、
玉県警は事件・事故に巻き込まれた可能性も含 め、地道な捜索を続けている。来年1月15日で 14歳の誕生日を迎える杏花さん。父、紀明さん (45)
うちに何とか杏花を見つけてあげたい」
待ち続けている。
失踪数日後に届いた手紙
杏花さんの行方が分からなくなったのは今年3 月10日午後3時45分ごろ。自宅前で10代ぐ らいの男性と話しているところを近所の人が目撃 したのを最後に、携帯電話や財布も持たず、制服 のまま姿を消した。
その日は、放課後に習い事のエレクトーンと塾 に行く日だった。杏花さんは部活を休み、家が近 い友人と家路についた。同日午後5時ごろ、真希 子さんが仕事から帰宅すると、
とよく似た筆跡で「家も学校もちょっと休みたい ですしばらく友達の家ですさがさないで下さい」 とメモ書きが残されていた。
2ページ
「変なイタズラかな」
を開けると、
カーがない。室内を探しても娘の姿はなかった。 さっきのメモが頭をよぎる。学校に電話をかけた が、副担任が「最後のホームルームまではいまし たよ。帰ったはずですが…」
いつく連絡先に電話をかけ、近所を探し回った が、見つからなかった。通報するのは少し気が引 けたが、午後8時前に県警朝霞署に届け出た。
数日後、
で過ごしている迷惑掛けてごめんなさい」などと 書かれた手紙が届いた。手紙には同県上尾市内の 3月15日の消印が押され、切手が貼られていな い状態だった。
紋採取や筆跡鑑定をしても、杏花さん本人が手紙 を書いたと断定する証拠は見つからなかったとい う。
手紙は誰かに書かされた?
「家出じゃないの?」
周囲から向けられる疑問の声に、両親は
はない」
い物に行ったのは中学1年の夏。
もまだ分からないような子。
考えられない」
ていても
の発表会の練習が始まる予定で、春休みにも楽し みなことがたくさんあった。
3ページ
疑問は他にもある。
すぎるんです。年齢にしては大人びているような 感じ」
真希子さんは誰かに書かされているような気がし たという。
ポストに投函(とうかん)
の内容から、
あった。県警は携帯電話やパソコンなどの履歴を さかのぼり、
が、周辺でのトラブルは確認できなかったとい う。失踪の前日にも、特に変わった様子はなく、 真希子さんは
ないが、
がつくはず」
仕事を休んで娘を捜し…
杏花さんが失踪後、紀明さんは仕事を2カ月休 み、ビラ配りなどに時間を費やした。活動の輪は 広がり、
会」を発足し、
キング・サービス)
霞市の富岡勝則市長の呼びかけで、
の計357市町村の広報紙や公式サイトなどにも 情報が掲載され、今までに配ったビラは8万枚を 超えた。ただ、
い」と、紀明さんは現在、仕事に復帰。空いた時 間を活動にあてている。
4ページ
気持ちが切れそうになることもある。
警が捜査規模を縮小。毎日、家族の様子を見に来 てくれた捜査員がぱたりと来なくなったときは、 「私たちはもう捨てられたんだ」
「なんでこんなことになってしまったんだろう」 と、突然、悲しみが襲ってくることもある。その 都度、捜す会のメンバーからの励ましや、
杏花を見つけてあげたい」
を奮い立せてきた。
「いつでも帰ってこられるように」
クリスマスには杏花さんと真希子さんで一緒に ケーキを選び、紀明さんお手製のチキンを食べる のが斎藤家の恒例行事。
近いこの時期は、杏花にとっても一番楽しみな季 節だと思う」
揚感に置いてきぼりにされているようで辛い。
「いつでも帰ってこられるように」

の部屋は、
真希子さんは、失踪前からの習慣で、今でも杏花 さんの部屋で眠っているという。
紀明さんは
も待っている」
かっていません。風化させないでほしい。どうか 力を貸してください」
情報提供は朝霞署(電)
10。
方不明になってから、
玉県警は事件・事故に巻き込まれた可能性も含 め、地道な捜索を続けている。来年1月15日で 14歳の誕生日を迎える杏花さん。父、紀明さん (45)
うちに何とか杏花を見つけてあげたい」
待ち続けている。
失踪数日後に届いた手紙
杏花さんの行方が分からなくなったのは今年3 月10日午後3時45分ごろ。自宅前で10代ぐ らいの男性と話しているところを近所の人が目撃 したのを最後に、携帯電話や財布も持たず、制服 のまま姿を消した。
その日は、放課後に習い事のエレクトーンと塾 に行く日だった。杏花さんは部活を休み、家が近 い友人と家路についた。同日午後5時ごろ、真希 子さんが仕事から帰宅すると、
とよく似た筆跡で「家も学校もちょっと休みたい ですしばらく友達の家ですさがさないで下さい」 とメモ書きが残されていた。
2ページ
「変なイタズラかな」
を開けると、
カーがない。室内を探しても娘の姿はなかった。 さっきのメモが頭をよぎる。学校に電話をかけた が、副担任が「最後のホームルームまではいまし たよ。帰ったはずですが…」
いつく連絡先に電話をかけ、近所を探し回った が、見つからなかった。通報するのは少し気が引 けたが、午後8時前に県警朝霞署に届け出た。
数日後、
で過ごしている迷惑掛けてごめんなさい」などと 書かれた手紙が届いた。手紙には同県上尾市内の 3月15日の消印が押され、切手が貼られていな い状態だった。
紋採取や筆跡鑑定をしても、杏花さん本人が手紙 を書いたと断定する証拠は見つからなかったとい う。
手紙は誰かに書かされた?
「家出じゃないの?」
周囲から向けられる疑問の声に、両親は
はない」
い物に行ったのは中学1年の夏。
もまだ分からないような子。
考えられない」
ていても
の発表会の練習が始まる予定で、春休みにも楽し みなことがたくさんあった。
3ページ
疑問は他にもある。
すぎるんです。年齢にしては大人びているような 感じ」
真希子さんは誰かに書かされているような気がし たという。
ポストに投函(とうかん)
の内容から、
あった。県警は携帯電話やパソコンなどの履歴を さかのぼり、
が、周辺でのトラブルは確認できなかったとい う。失踪の前日にも、特に変わった様子はなく、 真希子さんは
ないが、
がつくはず」
仕事を休んで娘を捜し…
杏花さんが失踪後、紀明さんは仕事を2カ月休 み、ビラ配りなどに時間を費やした。活動の輪は 広がり、
会」を発足し、
キング・サービス)
霞市の富岡勝則市長の呼びかけで、
の計357市町村の広報紙や公式サイトなどにも 情報が掲載され、今までに配ったビラは8万枚を 超えた。ただ、
い」と、紀明さんは現在、仕事に復帰。空いた時 間を活動にあてている。
4ページ
気持ちが切れそうになることもある。
警が捜査規模を縮小。毎日、家族の様子を見に来 てくれた捜査員がぱたりと来なくなったときは、 「私たちはもう捨てられたんだ」
「なんでこんなことになってしまったんだろう」 と、突然、悲しみが襲ってくることもある。その 都度、捜す会のメンバーからの励ましや、
杏花を見つけてあげたい」
を奮い立せてきた。
「いつでも帰ってこられるように」
クリスマスには杏花さんと真希子さんで一緒に ケーキを選び、紀明さんお手製のチキンを食べる のが斎藤家の恒例行事。
近いこの時期は、杏花にとっても一番楽しみな季 節だと思う」
揚感に置いてきぼりにされているようで辛い。
「いつでも帰ってこられるように」

の部屋は、
真希子さんは、失踪前からの習慣で、今でも杏花 さんの部屋で眠っているという。
紀明さんは
も待っている」
かっていません。風化させないでほしい。どうか 力を貸してください」
情報提供は朝霞署(電)
10。