地中海に浮かぶ小島マル タで第一次世界大戦中、英 国の同盟国として参戦した 日本海軍の功績を評価する 動きが広がっている。忘れ 去られた史実に光を当てようという試みだ。第一 次大戦の開戦からちょうど百年となるのに合わ せ、現地を訪れて日本人の足跡を探った。
内藤泰朗、写真も)
戦利品はUボート
マルタの港に停泊する日本海軍の艦船。敵から 接収した潜水艦Uボートの甲板に並ぶ水兵たち。 マルタの首都バレッタにある国立戦争博物館に は、そんなモノクロ写真が展示されていた。
917~19年のマルタにおける日本帝国海軍」 と題するコーナーができたのは数年前のことだと いう。
英国はドイツとの戦況が悪化する中、
を結んでいた日本に地中海への艦隊派遣を要請し た。17年3月に駆逐艦8隻を派遣し、
先遣隊がマルタに到着した。
英国は当時、同盟国でありながら影響力拡大を 図る日本を警戒し、不信感を解いてはいなかっ
しかし、博物館にあった解説は、
た。
の艦船数は最大時には17隻に達し、
支援の意義を否定する英国の見方は今日までにな くなった。日本は大戦で重要な役割を果たした」 と評価していた。
「誇らしい物語」
18年春には、ドイツが欧州の西部戦線で大攻 勢を開始し、英軍は中東などに展開する部隊を大 量輸送する必要が出てきた。日本の艦隊は、
8隻の連合国側の輸送船や病院船を護送し兵員7 0万人を輸送。敵のUボートと35回交戦し、駆 逐艦「榊」が魚雷攻撃を受けて大破し、艦長ら5 9人が死亡するなどの犠牲も出た。
一方で日本艦隊は、Uボートの攻撃を受けた船 から7千人以上を救出。人々に感謝され、戦後は Uボート7隻を戦利品として日本まで運んだとい う。
「日本艦隊の働きがなければ、英国は苦境に追 い込まれていたかもしれない。そうした史実が知 られていないのはおかしいと思い、
くった。日本が地中海で果たした役割を忘れては いけない」。国立戦争博物館のデボノ学芸員(3 5)が強調した。
第一次大戦に関連する小説を多数出版している 英国出身の作家、C・W・ニコル氏は、編集に当 たった「日本海軍地中海遠征記」
著)で、艦隊の地中海派遣は「日本人だれもが誇 らしく思っていい物語だ」と記している。
薄れる存在感
日本人水兵たちが眠る旧日本海軍戦没者墓地 は、バレッタの港を望む小高い丘にある
墓地」の一角にあった。
白い慰霊塔には66人の名前が刻まれ、清掃も 行き届いていた。第二次大戦の爆撃で破壊された が、戦後に再建され、今も多くの日本人が訪れる という。昭和天皇も皇太子時代の21年に訪問さ れた。
第一次大戦で戦勝国となった日本はその後、孤 立の道を歩んで米国と衝突。第二次大戦では、
つて共に戦った英国やマルタとたもとを分かち、 敵同士となった。
父親の代から在マルタ日本名誉総領事を務める ミフスッド氏(70)は、墓地や日本ゆかりの場
マルタで日本の存在感が薄
所を案内しながら、
れ、中国が電力エネルギーや港湾分野に投資して 急速に影響力を拡大していると明かした。
「日本と歴史的なつながりがあるマルタに、
う少し足を運んでほしい」。名誉総領事の日本人 に向けたメッセージだ。
◇
マルタ共和国
「地中海のへそ」と呼ばれる南欧の小国。人口 約42万人。総面積は、淡路島の半分に当たる3 16平方キロ。地中海貿易で繁栄しイスラム帝国 の支配下に置かれたが、16世紀に聖ヨハネ騎士
(後のマルタ騎士団)の所領に。
はナポレオン軍が一時占領。19世紀初頭に英領 となったが、1964年に独立。英連邦と欧州連 合(EU)に加盟。宗教はカトリックが中心。



内藤泰朗、写真も)
戦利品はUボート
マルタの港に停泊する日本海軍の艦船。敵から 接収した潜水艦Uボートの甲板に並ぶ水兵たち。 マルタの首都バレッタにある国立戦争博物館に は、そんなモノクロ写真が展示されていた。
917~19年のマルタにおける日本帝国海軍」 と題するコーナーができたのは数年前のことだと いう。
英国はドイツとの戦況が悪化する中、
を結んでいた日本に地中海への艦隊派遣を要請し た。17年3月に駆逐艦8隻を派遣し、
先遣隊がマルタに到着した。
英国は当時、同盟国でありながら影響力拡大を 図る日本を警戒し、不信感を解いてはいなかっ
しかし、博物館にあった解説は、
た。
の艦船数は最大時には17隻に達し、
支援の意義を否定する英国の見方は今日までにな くなった。日本は大戦で重要な役割を果たした」 と評価していた。
「誇らしい物語」
18年春には、ドイツが欧州の西部戦線で大攻 勢を開始し、英軍は中東などに展開する部隊を大 量輸送する必要が出てきた。日本の艦隊は、
8隻の連合国側の輸送船や病院船を護送し兵員7 0万人を輸送。敵のUボートと35回交戦し、駆 逐艦「榊」が魚雷攻撃を受けて大破し、艦長ら5 9人が死亡するなどの犠牲も出た。
一方で日本艦隊は、Uボートの攻撃を受けた船 から7千人以上を救出。人々に感謝され、戦後は Uボート7隻を戦利品として日本まで運んだとい う。
「日本艦隊の働きがなければ、英国は苦境に追 い込まれていたかもしれない。そうした史実が知 られていないのはおかしいと思い、
くった。日本が地中海で果たした役割を忘れては いけない」。国立戦争博物館のデボノ学芸員(3 5)が強調した。
第一次大戦に関連する小説を多数出版している 英国出身の作家、C・W・ニコル氏は、編集に当 たった「日本海軍地中海遠征記」
著)で、艦隊の地中海派遣は「日本人だれもが誇 らしく思っていい物語だ」と記している。
薄れる存在感
日本人水兵たちが眠る旧日本海軍戦没者墓地 は、バレッタの港を望む小高い丘にある
墓地」の一角にあった。
白い慰霊塔には66人の名前が刻まれ、清掃も 行き届いていた。第二次大戦の爆撃で破壊された が、戦後に再建され、今も多くの日本人が訪れる という。昭和天皇も皇太子時代の21年に訪問さ れた。
第一次大戦で戦勝国となった日本はその後、孤 立の道を歩んで米国と衝突。第二次大戦では、
つて共に戦った英国やマルタとたもとを分かち、 敵同士となった。
父親の代から在マルタ日本名誉総領事を務める ミフスッド氏(70)は、墓地や日本ゆかりの場
マルタで日本の存在感が薄
所を案内しながら、
れ、中国が電力エネルギーや港湾分野に投資して 急速に影響力を拡大していると明かした。
「日本と歴史的なつながりがあるマルタに、
う少し足を運んでほしい」。名誉総領事の日本人 に向けたメッセージだ。
◇
マルタ共和国
「地中海のへそ」と呼ばれる南欧の小国。人口 約42万人。総面積は、淡路島の半分に当たる3 16平方キロ。地中海貿易で繁栄しイスラム帝国 の支配下に置かれたが、16世紀に聖ヨハネ騎士
(後のマルタ騎士団)の所領に。
はナポレオン軍が一時占領。19世紀初頭に英領 となったが、1964年に独立。英連邦と欧州連 合(EU)に加盟。宗教はカトリックが中心。


