北日政府間交渉の急速な進展と日本の迅速 な対北朝鮮制裁解除に併せて北朝鮮当局と 住民たちの一般的な対日感情がどうなって いるのかに関心が傾く。北朝鮮が韓半島の 近現代史と金日成(キム・ジョンイル)主 席の'抗日歴史'などを学生たちに教えなが ら"奸悪な日帝の朝鮮占領"を強調せず、日本 に対する北朝鮮住民たちの感情は不思議な ほど好意的だと伝えられる。

多くの脱北者は「北朝鮮には日本に深く染 み込んだ憎しみや怒りを感じる人々が殆ど いない」と伝えた。日帝の武力占領から解 放され、ほぼ70年過ぎても根強い反日感情 を持つ韓国国民とは全く違った感情だ。日 本に対する韓国と北朝鮮住民のこの様な感 情的乖離はどこから始まったのだろうか。

まず北朝鮮当局と住民の対日感情が友好的 に変わった背景には経済的な要因が大きく 作用したという分析がある。1959年12月、 在日同胞が初めて北送船に乗った後、1980 年代初めまで約10万人の在日同胞が北朝鮮 に移住した。1970年代末まで北朝鮮住民た ちは北へ送還された在日同胞を'日本のスパ イ'などと呼んで蔑視し、朝鮮総連(在日本朝 鮮人総聨合会)幹部の親戚を除く大部分の北 送在日同胞は大学進学や就職などで実際的 な不利益を受けねばならなかった。

しかし、北朝鮮当局は日本経済の急速な成 長で在日同胞商工人らが多くの富を蓄積 し、1980年代に入って合弁・合作事業等を 通した在日同胞の経済的支援を期待するよ うになった。この時から北送在日同胞に対 する北朝鮮当局の政策も変わり、彼らに対 する一般住民の認識も変わり始めた。特に 日本の'金持ちの'親戚たちが送る日本円のお かげで多くの北送在日同胞の生活水準が高 まり、彼らの社会経済的地位も共に上昇し た。北朝鮮住民たちは北送在日同胞を猜忌 心と共に憧憬の目で眺めることになり、こ うした感情は日本に対する友好的な感情を 持つのに大きな影響を及ぼした。

1980年代以後、北朝鮮と日本の貿易が活発 になり北朝鮮の'外貨商店'と市場で多く売れ た日本製商品も北朝鮮住民の対日認識を変 えるのに一役かったと評価される。最近で は北朝鮮市場で韓国産家電製品や化粧品が 人気を呼んでいるが、1980年代から2000年 代中盤までは'本産(日本産の略称)'の人気が ダントツだった。(中略:経済交流)

歴史的な側面も見過せない。北朝鮮は光復 (解放)後、直ちに親日派の財産を全部没 収し国有化するなど積極的に親日派清算を 行い、このため北朝鮮地域の親日派は大挙 南に移住した。一部の歴史学者らは韓国国 民の反日感情が解放後も親日派子孫らが相 変らず既得権を占めた現実に対する不満ま たは怒りと密接な関連があると主張す る。反面、親日派が粛清された北朝鮮では 日帝強制支配期以後の様々な世代交代で日 本に対する憎しみや怒りが徐々に冷めたと いうのが住民たちの一般的な認識だ。

平城出身の脱北者パク某氏は「1990年代、 '苦難の行軍'が近づき食糧配給が完全に切れ て鉄道運行が麻痺するとすぐに日帝統治を 経験したおじいさんは'日帝強制支配期にも 大豆粕でも配給があり、鉄道もほとんど定 時運行した'とか'日帝強制占領期間の方が今 のキム・ジョンイル時代よりはるかに良 かった'と話していた」と伝えた。

ソース:ソウル経済(韓国語) 北住民には反 日感情が殆どないというのに…なぜ http://economy.hankooki.com/lpage/politics/201407/e2014070415391693140.htm

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