修学旅行生5人、長崎の被爆者に暴言 横浜の中学 校謝罪
長崎原爆で被爆し、語り部として活動している森口 貢(みつぎ)さん(77)=長崎市=が 5月、修学旅行で同市を訪れた横浜市の公立中学校 3年生の男子生徒5人から 「死に損ない」などと暴言を吐かれていたことが分 かった。森口さんは学校に抗議し、 校長が電話で謝罪した。被爆者団体は「生徒たちに 学ぼうという気持ちが足りない」と嘆いている。
森口さんや学校によると、3年生119人が5月2 7日に長崎市を訪れ、 森口さんが所属する「長崎の証言の会」の9人が班 ごとに被爆遺構を案内した。
森口さんは10人ほどを爆心地から600メートル ほどの山里小学校へ案内。 話を始めようとした際、別行動をしていた男子生徒 5人が近づき、「死に損ないのくそじじい」と 大声を上げ、周りの生徒に向けて「笑え」「手をた たけ」などと言ったという。
森口さんは翌日、「多くの被爆者の方に申し訳な く、つらい時間でした」と記した手紙を校長に郵 送。 今月3日に学校へ電話すると、校長から「すみませ んでした」と謝罪されたという。
校長は取材に、暴言の前に森口さんが、態度が悪い 男子生徒1人に「出て行け」と言って 叱った経緯があったと説明。「(暴言は)逆恨みを して言ったのだろうが、 許される言葉ではなく反省を促したい」と話した。 今後、生徒の感想文と校長の謝罪文を送るという。
森口さんは原爆投下後に長崎市中心部に入り、入市 被爆をした。小学校教諭を退職後、 1998年から被爆遺構の案内や講話をしている。 現在は長崎の証言の会事務局長。 森口さんは「こんな経験は初めて。被爆69年とな り、戦争や原爆をひとごとと感じているのだろう か。 本気で向き合ってもらえなかったことが悔しく、悲 しい」と話した。
長崎原爆被災者協議会の山田拓民事務局長は「自ら 学ぼうという気持ちが足りなかったのでは。 事前学習を含めた学ぶ姿勢が大切」と話す。被災協 は修学旅行生らに 年間600回ほど証言活動をしている。集中しない 生徒はいても、邪魔されたことはないという。
ただ、1997年には長崎市の被爆者の男性(当時 65)が被爆体験の一人芝居の上演中、 修学旅行の中学生からやじられたり、キャンディー を投げつけられたりするトラブルがあった。
今回の問題について男性の妻(79)は「やってし まった後が大切」と話す。男性のケースでは 生徒数十人が謝りに来て、男性は「水に流そう。人 の痛みの分かる人になって下さい」と応じた。 その後、生徒たちの生活態度が改まったと聞き、救 われたという。「生徒たちがしっかり反省し、 気持ちを森口さんに伝えることが大切」と指摘し た。(山本恭介、岡田将平) http://www.asahi.com/articles/ASG673RG9G67TOLB001.html
2:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/06/09(月) 01:02:53.07 ID:7LV4t0Xc0.net
今北人用のまとめ ~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~
■■■■■コイツ(=元日教組組合員)は投下11日後 に長崎を通り過ぎただけで 直接被爆してないのに自称被爆者として■■■■■ ■■■■■実際に体験しなかった 伝聞・妄想と政治的イデオロギー語って利権(1時間 1万円)で食ってるだけ■■■■■
森口(貢):私は小学校の退職教師で、(中略)私た ち組合に入っている者は、特に戦争体験、 原爆体験、そのものずばりのいわゆる反戦という点 から平和教育を強くやってきたのです。
■一部の学校から「被爆体験の話はほとんどなく、 個人的な政治的意見ばかりだった」と指摘があった
■講話者1名につき各1時間10,000円です。講話者 へ直接お渡しください。
■森□ 貢 当時8才 ここは危ないとして6年生の姉と1年の弟と3年 だった私、子ども3人を母は連れて、 ---------------------------------------------------▼▼▼▼8月4日佐賀の 田舎に疎開した。5日後原 爆が投下された。← ▼▼▼ ---------------------------------------------------父の工場は消失し、姉兄は学徒動員中だったが、奇 跡的に生き 延び、 引き返した母と共に私達の所に戻ってきた。 20日爆心地を抜けて長崎に戻った。戦争は本当に 怖い。平和は尊い。
■【被爆語り部の「政治的発言」自粛を要請 長崎 平和推進協】 イラクへの自衛隊派遣や憲法改正など「国民の間で 意見が分かれている政治的問題」について、 被爆体験講話の中で言及しないよう要請した。
市の補助金で運営されている公益法人で、国論を二 分する問題には中立の立場。
■小泉首相最大の罪は靖国に市民権を与えたこと 【森口貢 週刊金曜日 第615号 2006年07月21日】
■左翼集会にて(イラク攻撃に対するアメリカ批判の 集会 ▼原爆についてはなぜかアメリカ批判しない▼)在韓 被爆者訴訟で 1審敗訴の長崎市が控訴したことを批判
■先にキレて生徒に対して「出ていけ」と暴言を吐 いたのは金を貰っている森口のほう ※教師は生徒の行動に対して問題ないと思ったのか 静観していた。
■実態は単なるDQNと爺の幼稚な喧嘩 ⇒ 爺が 「被爆者(コイツは直接被爆していない)への侮辱」 と弱者?の立場を利用した左翼理論に置き換え、そ の話が新聞に掲載 ソース付:http://peace.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1402172913/34
ピースウィング長崎 講話者プロフィール http://www.peace-wing-n.or.jp/taiken/top_5.html
森口 貢(もりぐち みつぎ) 男、被爆時年齢8歳
1945年7月末から8月初め、家近くの造船所が 激しい爆撃を受けた。避難した防空壕近くでも 爆発した。ここは危ないとして6年生の姉と1年の 弟と3年だった私、子ども3人を母は連れて、 8月4日佐賀の田舎に疎開した。5日後原爆が投下 された。
父の工場は消失し、姉兄は学徒動員中 だったが、奇跡的に生き延び、引き返した母と共に 私達の所に戻ってきた。 20日爆心地を抜けて長崎に戻った。戦争は本当に 怖い。平和は尊い。
20:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/06/09(月) 01:07:32.82 ID:g0HBX8H80.net 「長崎平和推進協会」からも政治批判はしな いでくれと要請を受けてんのに 「週間金曜日」に政治批判文を掲載wwww w
被爆語り部の「政治的発言」自粛を要請 長崎平和 推進協 2006年1月21日長崎新聞
イラク派遣、靖国、天皇責任、憲法… 被爆講話「政治抜き」で 長崎平和推進協が要請 語り部猛反発 (『東京新聞』2006/4/14)
http://web.archive.org/web/20070212180745/http://www.kinyobi.co.jp/KTools/mokuji_pt? v=vol615 週刊金曜日 第615号 2006年07月21日 (一部抜粋) 小泉首相最大の罪は、靖国に市民権を与えたこと (森口貢)
>一部の学校から「被爆体験の話はほとんどなく、 個人的な政治的意見ばかりだった」と指摘があった >一部の学校から「被爆体験の話はほとんどなく、 個人的な政治的意見ばかりだった」と指摘があった >一部の学校から「被爆体験の話はほとんどなく、 個人的な政治的意見ばかりだった」と指摘があった >一部の学校から「被爆体験の話はほとんどなく、 個人的な政治的意見ばかりだった」と指摘があった
流れ
・子供たちと語り部の人たちが対面、このとき態度 の悪かった生徒に 「話聞く気がないなら出てけ」と森口さんが怒る
・その後、各班に別れ、森口さんの班は爆心地から 600Mほど離れた小学校で 10人ほどの班に対して、原爆で亡くなった児童た ちの話をするところだった
・そこを、「別の班から離れて行動していた」最初 に注意されたことを逆恨みした DQNグループがやってきて罵声を浴びせて話を妨害 (死にぞこないはこのとき)
・森口さんは出て行けと怒るがヤジやまらず
・その場にいた男性教論も注意するが(ただし森口さ んが怒るまでは注意しなかった) それでもやめず
・結局、小学校での話は続行不可能に
・後日学校に手紙で抗議するが返答なし、電話で抗 議してやっと校長が謝罪
・生徒たちからの直接の謝罪は無し
経過のまとめ 元日教組の自称被爆者のプロ市民 いつものように1万円もらって原爆そっちの けで 反原発、日の丸君が代反対、安倍内閣打倒を 生徒の前で叫ぶ
言ってることはおかしいと生徒 の追求 生徒に言い負かされ悔しくて仕方のないジジ イが 手紙で学校に抗議
呆れた校長が無視してたら、直接電話で文句 仕方のない校長が「はいはい。すみませんで したね」 勝ち誇ったジジイが「校長から謝罪を受け た」と 朝日新聞に自分で売り込んで勝利宣言
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1402243357/
長崎原爆で被爆し、語り部として活動している森口 貢(みつぎ)さん(77)=長崎市=が 5月、修学旅行で同市を訪れた横浜市の公立中学校 3年生の男子生徒5人から 「死に損ない」などと暴言を吐かれていたことが分 かった。森口さんは学校に抗議し、 校長が電話で謝罪した。被爆者団体は「生徒たちに 学ぼうという気持ちが足りない」と嘆いている。
森口さんや学校によると、3年生119人が5月2 7日に長崎市を訪れ、 森口さんが所属する「長崎の証言の会」の9人が班 ごとに被爆遺構を案内した。
森口さんは10人ほどを爆心地から600メートル ほどの山里小学校へ案内。 話を始めようとした際、別行動をしていた男子生徒 5人が近づき、「死に損ないのくそじじい」と 大声を上げ、周りの生徒に向けて「笑え」「手をた たけ」などと言ったという。
森口さんは翌日、「多くの被爆者の方に申し訳な く、つらい時間でした」と記した手紙を校長に郵 送。 今月3日に学校へ電話すると、校長から「すみませ んでした」と謝罪されたという。
校長は取材に、暴言の前に森口さんが、態度が悪い 男子生徒1人に「出て行け」と言って 叱った経緯があったと説明。「(暴言は)逆恨みを して言ったのだろうが、 許される言葉ではなく反省を促したい」と話した。 今後、生徒の感想文と校長の謝罪文を送るという。
森口さんは原爆投下後に長崎市中心部に入り、入市 被爆をした。小学校教諭を退職後、 1998年から被爆遺構の案内や講話をしている。 現在は長崎の証言の会事務局長。 森口さんは「こんな経験は初めて。被爆69年とな り、戦争や原爆をひとごとと感じているのだろう か。 本気で向き合ってもらえなかったことが悔しく、悲 しい」と話した。
長崎原爆被災者協議会の山田拓民事務局長は「自ら 学ぼうという気持ちが足りなかったのでは。 事前学習を含めた学ぶ姿勢が大切」と話す。被災協 は修学旅行生らに 年間600回ほど証言活動をしている。集中しない 生徒はいても、邪魔されたことはないという。
ただ、1997年には長崎市の被爆者の男性(当時 65)が被爆体験の一人芝居の上演中、 修学旅行の中学生からやじられたり、キャンディー を投げつけられたりするトラブルがあった。
今回の問題について男性の妻(79)は「やってし まった後が大切」と話す。男性のケースでは 生徒数十人が謝りに来て、男性は「水に流そう。人 の痛みの分かる人になって下さい」と応じた。 その後、生徒たちの生活態度が改まったと聞き、救 われたという。「生徒たちがしっかり反省し、 気持ちを森口さんに伝えることが大切」と指摘し た。(山本恭介、岡田将平) http://www.asahi.com/articles/ASG673RG9G67TOLB001.html
2:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/06/09(月) 01:02:53.07 ID:7LV4t0Xc0.net
今北人用のまとめ ~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~
■■■■■コイツ(=元日教組組合員)は投下11日後 に長崎を通り過ぎただけで 直接被爆してないのに自称被爆者として■■■■■ ■■■■■実際に体験しなかった 伝聞・妄想と政治的イデオロギー語って利権(1時間 1万円)で食ってるだけ■■■■■
森口(貢):私は小学校の退職教師で、(中略)私た ち組合に入っている者は、特に戦争体験、 原爆体験、そのものずばりのいわゆる反戦という点 から平和教育を強くやってきたのです。
■一部の学校から「被爆体験の話はほとんどなく、 個人的な政治的意見ばかりだった」と指摘があった
■講話者1名につき各1時間10,000円です。講話者 へ直接お渡しください。
■森□ 貢 当時8才 ここは危ないとして6年生の姉と1年の弟と3年 だった私、子ども3人を母は連れて、 ---------------------------------------------------▼▼▼▼8月4日佐賀の 田舎に疎開した。5日後原 爆が投下された。← ▼▼▼ ---------------------------------------------------父の工場は消失し、姉兄は学徒動員中だったが、奇 跡的に生き 延び、 引き返した母と共に私達の所に戻ってきた。 20日爆心地を抜けて長崎に戻った。戦争は本当に 怖い。平和は尊い。
■【被爆語り部の「政治的発言」自粛を要請 長崎 平和推進協】 イラクへの自衛隊派遣や憲法改正など「国民の間で 意見が分かれている政治的問題」について、 被爆体験講話の中で言及しないよう要請した。
市の補助金で運営されている公益法人で、国論を二 分する問題には中立の立場。
■小泉首相最大の罪は靖国に市民権を与えたこと 【森口貢 週刊金曜日 第615号 2006年07月21日】
■左翼集会にて(イラク攻撃に対するアメリカ批判の 集会 ▼原爆についてはなぜかアメリカ批判しない▼)在韓 被爆者訴訟で 1審敗訴の長崎市が控訴したことを批判
■先にキレて生徒に対して「出ていけ」と暴言を吐 いたのは金を貰っている森口のほう ※教師は生徒の行動に対して問題ないと思ったのか 静観していた。
■実態は単なるDQNと爺の幼稚な喧嘩 ⇒ 爺が 「被爆者(コイツは直接被爆していない)への侮辱」 と弱者?の立場を利用した左翼理論に置き換え、そ の話が新聞に掲載 ソース付:http://peace.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1402172913/34
ピースウィング長崎 講話者プロフィール http://www.peace-wing-n.or.jp/taiken/top_5.html
森口 貢(もりぐち みつぎ) 男、被爆時年齢8歳
1945年7月末から8月初め、家近くの造船所が 激しい爆撃を受けた。避難した防空壕近くでも 爆発した。ここは危ないとして6年生の姉と1年の 弟と3年だった私、子ども3人を母は連れて、 8月4日佐賀の田舎に疎開した。5日後原爆が投下 された。
父の工場は消失し、姉兄は学徒動員中 だったが、奇跡的に生き延び、引き返した母と共に 私達の所に戻ってきた。 20日爆心地を抜けて長崎に戻った。戦争は本当に 怖い。平和は尊い。
20:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/06/09(月) 01:07:32.82 ID:g0HBX8H80.net 「長崎平和推進協会」からも政治批判はしな いでくれと要請を受けてんのに 「週間金曜日」に政治批判文を掲載wwww w
被爆語り部の「政治的発言」自粛を要請 長崎平和 推進協 2006年1月21日長崎新聞
イラク派遣、靖国、天皇責任、憲法… 被爆講話「政治抜き」で 長崎平和推進協が要請 語り部猛反発 (『東京新聞』2006/4/14)
http://web.archive.org/web/20070212180745/http://www.kinyobi.co.jp/KTools/mokuji_pt? v=vol615 週刊金曜日 第615号 2006年07月21日 (一部抜粋) 小泉首相最大の罪は、靖国に市民権を与えたこと (森口貢)
>一部の学校から「被爆体験の話はほとんどなく、 個人的な政治的意見ばかりだった」と指摘があった >一部の学校から「被爆体験の話はほとんどなく、 個人的な政治的意見ばかりだった」と指摘があった >一部の学校から「被爆体験の話はほとんどなく、 個人的な政治的意見ばかりだった」と指摘があった >一部の学校から「被爆体験の話はほとんどなく、 個人的な政治的意見ばかりだった」と指摘があった
流れ
・子供たちと語り部の人たちが対面、このとき態度 の悪かった生徒に 「話聞く気がないなら出てけ」と森口さんが怒る
・その後、各班に別れ、森口さんの班は爆心地から 600Mほど離れた小学校で 10人ほどの班に対して、原爆で亡くなった児童た ちの話をするところだった
・そこを、「別の班から離れて行動していた」最初 に注意されたことを逆恨みした DQNグループがやってきて罵声を浴びせて話を妨害 (死にぞこないはこのとき)
・森口さんは出て行けと怒るがヤジやまらず
・その場にいた男性教論も注意するが(ただし森口さ んが怒るまでは注意しなかった) それでもやめず
・結局、小学校での話は続行不可能に
・後日学校に手紙で抗議するが返答なし、電話で抗 議してやっと校長が謝罪
・生徒たちからの直接の謝罪は無し
経過のまとめ 元日教組の自称被爆者のプロ市民 いつものように1万円もらって原爆そっちの けで 反原発、日の丸君が代反対、安倍内閣打倒を 生徒の前で叫ぶ
言ってることはおかしいと生徒 の追求 生徒に言い負かされ悔しくて仕方のないジジ イが 手紙で学校に抗議
呆れた校長が無視してたら、直接電話で文句 仕方のない校長が「はいはい。すみませんで したね」 勝ち誇ったジジイが「校長から謝罪を受け た」と 朝日新聞に自分で売り込んで勝利宣言
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1402243357/