ぱぐたΞφ◆FdDsU0B5ivx5[sage] :2014/06/02(月)01:06:01 ID:??? ★お粗末な朝日新聞「吉田調書」のキャンペーン 記事 門田隆将 2014年06月01日 06:28
「ああ、またか」。失礼ながら、それが正直な感 想である。今週、私は取材先の台湾からやっと 帰ってきた。私が日本を留守にしている間、朝日 新聞が「吉田調書」なるものを“加工”し、「福島 第一原発(1F)の現場の人間の9割が所長命令に 違反して撤退した」という記事を掲げ、そのキャ ンペーンが今も続いている。
「ああ、またか」というのは、ほかでもない。あ る「一定の目的」のために、事実を捻じ曲げて報 道する、かの「従軍慰安婦報道」とまったく同じ ことがまたおこなわれている、という意味であ る。私は帰国後、当該の記事を目の当たりにして 正直、溜息しか出てこないでいる。
故・吉田昌郎氏は、あの1号機から6号機までの 6つの原子炉を預かる福島第一原発の所長だっ た。昼も夜もなく、免震重要棟の緊急時対策室の 席に座り続け、東電本店とやりあい、現場への指 示を出しつづけた。
東電本店のとんでもない命令を拒否して、部下を 鼓舞(こぶ)して事故と闘った人物である。体 力、知力、そして胆力を含め、あらゆる“人間 力”を発揮して「日本を土壇場で救った一人」と言 えるだろう。
昨年7月に癌で亡くなった吉田氏は、生前、政府 事故調の長時間の聴取に応じていた。今回、朝日 が報じたのは、28時間ほどの聴取に応じた、い わゆる「吉田調書」の中身だそうである。
私は吉田さんの生前、ジャーナリストとして唯 一、直接、長時間にわたってインタビューをさせ てもらっている。私がインタビューしたのは、吉 田所長だけではない。
当時の菅直人首相や池田元久・原子力災害現地対 策本部長(経産副大臣)をはじめとする政府サイ ドの人々、また研究者として事故対策にかかわっ た班目春樹・原子力安全委員会委員長、あるいは 吉田さんの部下だった現場のプラントエンジニ ア、また協力企業の面々、さらには、地元記者や 元町長に至るまで、100名近い人々にすべて 「実名」で証言していただいた。
私がこだわったのは、吉田さんを含め、全員に 「実名証言」してもらうことだった。そして、拙 著『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の 五〇〇日』が誕生した。
私は、吉田氏に直接取材した人間として、さらに は100名近い関係者から実名証言を得た人間と して、朝日新聞が「所長命令に違反」して9割の 人間が「撤退した」と書いているのは「誤報」で ある、ということを言わせていただきたい。
今回、自分の意図に反して貶(おとし)められた 故・吉田昌郎さんとご遺族の思いを想像すると、 本当に胸が痛む。この意図的な捻じ曲げ記事に対 するご遺族の心痛、精神的な打撃は大きく、今 後、なにがしかのリアクションが朝日新聞に対し て起こされる可能性もあるのではないか、と想像 する。
朝日の巧妙な捻じ曲げの手法は後述するが、今 回、朝日の記事で「9割の人間が逃げた」とされ る「2011年3月15日朝」というのは、拙著 『死の淵を見た男』の中でも、メインとなる凄ま じい場面である(拙著 第17章 266頁~2 78頁)。
震災から5日目を迎えたその2011年3月15 日朝は、日本にとって“最大の危機”を迎えた時 だった。その時、免震構造だけでなく、放射能の 汚染をできるだけシャットアウトできる機能も備 えた免震重要棟には、およそ「700名」の所員 や協力企業の人たちがいた。
朝日新聞は、その700名の「9割」が「所長命 令」に「違反」して、原発から「撤退した」と書 いている。そう吉田氏が調書で証言しているとい うのである。
だが、肝心の記事を読んでも、所員が「自分の命 令に違反」して「撤退した」とは、吉田氏は発言 していない。それが「意図的な」「事実の捻じ曲 げ」と、私が言う所以だ。
これを理解するためには、あの時、一体、なぜ7 00名もの人が免震重要棟にいたのか。そのこと をまず理解しなければならない。
震災から5日も経ったこの日の朝、700名もの 職員や協力企業の人たちが免震重要棟にいたの は、そこが福島第一原発の中で最も“安全”だった からである。
事態が刻々と悪化していく中で、とるものもとり あえず免震重要棟に避難してきた所員や協力企業 の面々は、「外部への脱出」の機会を失ってい く。時間が経つごとに事態が悪化し、放射線量が 増加し、汚染が広がっていったからだ。
免震重要棟にいた700名には、総務、人事、広 報など、事故に対応する「現場の人間」ではな い“非戦闘員”も数多く、女性社員も少なくなかっ た。彼らをどう脱出させるか――吉田所長はそのこ とに頭を悩ませた。
700名もの人間がとる食事の量や、水も流れな い中での排泄物の処理……等々、免震重要棟がどん な悲惨な状態であったかは、誰しも容易に想像が つくだろう。
まだまだ続く…全文はソースで http://blogos.com/article/87529/
転載元スレッド:http://uni.open2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1401638761/【マスコミ】朝日新聞によって意図的に捻じ曲げ られた〝吉田調書〟 「ああ、またか」と門田隆 将氏 [06/01]
「ああ、またか」。失礼ながら、それが正直な感 想である。今週、私は取材先の台湾からやっと 帰ってきた。私が日本を留守にしている間、朝日 新聞が「吉田調書」なるものを“加工”し、「福島 第一原発(1F)の現場の人間の9割が所長命令に 違反して撤退した」という記事を掲げ、そのキャ ンペーンが今も続いている。
「ああ、またか」というのは、ほかでもない。あ る「一定の目的」のために、事実を捻じ曲げて報 道する、かの「従軍慰安婦報道」とまったく同じ ことがまたおこなわれている、という意味であ る。私は帰国後、当該の記事を目の当たりにして 正直、溜息しか出てこないでいる。
故・吉田昌郎氏は、あの1号機から6号機までの 6つの原子炉を預かる福島第一原発の所長だっ た。昼も夜もなく、免震重要棟の緊急時対策室の 席に座り続け、東電本店とやりあい、現場への指 示を出しつづけた。
東電本店のとんでもない命令を拒否して、部下を 鼓舞(こぶ)して事故と闘った人物である。体 力、知力、そして胆力を含め、あらゆる“人間 力”を発揮して「日本を土壇場で救った一人」と言 えるだろう。
昨年7月に癌で亡くなった吉田氏は、生前、政府 事故調の長時間の聴取に応じていた。今回、朝日 が報じたのは、28時間ほどの聴取に応じた、い わゆる「吉田調書」の中身だそうである。
私は吉田さんの生前、ジャーナリストとして唯 一、直接、長時間にわたってインタビューをさせ てもらっている。私がインタビューしたのは、吉 田所長だけではない。
当時の菅直人首相や池田元久・原子力災害現地対 策本部長(経産副大臣)をはじめとする政府サイ ドの人々、また研究者として事故対策にかかわっ た班目春樹・原子力安全委員会委員長、あるいは 吉田さんの部下だった現場のプラントエンジニ ア、また協力企業の面々、さらには、地元記者や 元町長に至るまで、100名近い人々にすべて 「実名」で証言していただいた。
私がこだわったのは、吉田さんを含め、全員に 「実名証言」してもらうことだった。そして、拙 著『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の 五〇〇日』が誕生した。
私は、吉田氏に直接取材した人間として、さらに は100名近い関係者から実名証言を得た人間と して、朝日新聞が「所長命令に違反」して9割の 人間が「撤退した」と書いているのは「誤報」で ある、ということを言わせていただきたい。
今回、自分の意図に反して貶(おとし)められた 故・吉田昌郎さんとご遺族の思いを想像すると、 本当に胸が痛む。この意図的な捻じ曲げ記事に対 するご遺族の心痛、精神的な打撃は大きく、今 後、なにがしかのリアクションが朝日新聞に対し て起こされる可能性もあるのではないか、と想像 する。
朝日の巧妙な捻じ曲げの手法は後述するが、今 回、朝日の記事で「9割の人間が逃げた」とされ る「2011年3月15日朝」というのは、拙著 『死の淵を見た男』の中でも、メインとなる凄ま じい場面である(拙著 第17章 266頁~2 78頁)。
震災から5日目を迎えたその2011年3月15 日朝は、日本にとって“最大の危機”を迎えた時 だった。その時、免震構造だけでなく、放射能の 汚染をできるだけシャットアウトできる機能も備 えた免震重要棟には、およそ「700名」の所員 や協力企業の人たちがいた。
朝日新聞は、その700名の「9割」が「所長命 令」に「違反」して、原発から「撤退した」と書 いている。そう吉田氏が調書で証言しているとい うのである。
だが、肝心の記事を読んでも、所員が「自分の命 令に違反」して「撤退した」とは、吉田氏は発言 していない。それが「意図的な」「事実の捻じ曲 げ」と、私が言う所以だ。
これを理解するためには、あの時、一体、なぜ7 00名もの人が免震重要棟にいたのか。そのこと をまず理解しなければならない。
震災から5日も経ったこの日の朝、700名もの 職員や協力企業の人たちが免震重要棟にいたの は、そこが福島第一原発の中で最も“安全”だった からである。
事態が刻々と悪化していく中で、とるものもとり あえず免震重要棟に避難してきた所員や協力企業 の面々は、「外部への脱出」の機会を失ってい く。時間が経つごとに事態が悪化し、放射線量が 増加し、汚染が広がっていったからだ。
免震重要棟にいた700名には、総務、人事、広 報など、事故に対応する「現場の人間」ではな い“非戦闘員”も数多く、女性社員も少なくなかっ た。彼らをどう脱出させるか――吉田所長はそのこ とに頭を悩ませた。
700名もの人間がとる食事の量や、水も流れな い中での排泄物の処理……等々、免震重要棟がどん な悲惨な状態であったかは、誰しも容易に想像が つくだろう。
まだまだ続く…全文はソースで http://blogos.com/article/87529/
転載元スレッド:http://uni.open2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1401638761/【マスコミ】朝日新聞によって意図的に捻じ曲げ られた〝吉田調書〟 「ああ、またか」と門田隆 将氏 [06/01]