JR恵比寿駅(東京都渋 谷区)を通る度「韓国」の 二文字が頭に浮かぶ。ホー ムに流れる発車メロディー が、1949年製作の英国映画《第三の男》の テーマ曲であるせいだ。映画の舞台が第二次世界 大戦(39~45年)直後のオーストリアで、加 害者が被害者に成りすます筋書きが、韓国を彷彿 させるのだ。

被害者に成りすまし

オーストリアは「ナチス・ドイツに併合され た、ナチスによる最初の犠牲国」と、先頃まで言 い張った。韓国の朴槿恵(パククネ)大統領(6 2)も「日本が加害者で、韓国が被害者」と、繰 り返し強弁する。教科書では「対日戦争」を教え てもいる。

しかし、史実は全く違う。近代に入り、朝鮮と 本格的に戈を交えてはおらぬ。10年に大日本帝 國が併合し、日本と成った朝鮮は、欧州・植民地 兵のようにではなく枢軸国・日本の将兵として大 戦を戦った。朝鮮人の軍人・軍属は24万200 0人以上。志願兵の競争率は62倍強に沸騰し た。2万1000柱の英霊が●(鯖の魚が立)國 神社に祀られる。今、韓国の反日勢力が最も行き たくない国は90年代以降、枢軸国側で連合国と 戦った歴史を一転して認めたオーストリアに違い あるまい。訪墺(オーストリア)すれば日本へ の“説教”、即ち「歴史を正しく直視し、責任を取 る姿勢を持て」(朴氏)が、木霊と化して自らに 襲い掛かってしまう。

だが、小欄の認識は甘かった。韓墺国交正常化 50周年の2013年、韓国政府は首都ウィーン で記念行事を催したが、文化・芸術一色だった。 さらに3カ月後の9月、朴氏はベトナムを訪れ た。ベトナム戦争(1960~75年)中、韓国 軍はこの国で民間人や捕虜を大量虐殺し、多くの 女性を陵辱したが、謝罪は皆無。日本に執拗に要 求する「正しい歴史認識」とは何かを自覚し悩む 「墺太利(オーストリア)症候群(シンドロー ム)」や「越南(ベトナム)症候群」に苛まれる 時代は来るのか? その日を迎え、初めて一人前 の独立国に昇華する。

《第三の男》の話をもう少し。映画ではなぜ、 多数の人々を死なせる質の悪いペニシリンを闇で 横流しするオーソン・ウェルズ(15~85年) 演じるハリーが暗躍可能で、ハリーの親友・三流 作家ホリー(俳優ジョゼフ・コットン/05~9 4年)が射殺するまで逮捕されなかったのか…。 なぜ、ハリーに怒ったホリーが英軍治安当局の囮 (おとり)捜査に協力したのか…。

「偉人の捏造」も共通癖

オーストリアは38年、ナチス・ドイツが併 合。独総統アドルフ・ヒトラー(1889~19 45年)を歓迎する国民も多かった。ドイツとし て将兵80万人を動員し、30万人前後が戦死し た。従って1945年のポツダム会談で、ソ連/ 米国/英国/フランスが墺全土とウィーンを、そ れぞれ分割統治する方針が決まる。4地区には軍 政が敷かれ、各国の主権が保障された。ハリー は、英軍の捜査権が及ばぬソ連支配地を根城に、 地下下水道を使い他地区に潜入して闇商売で儲け た。逮捕には、英国支配地におびき寄せる必要が あった。

オーストリアは55年に主権回復し永世中立国 と成るが、ドイツのように国家分断の悲劇は回避 できた。米英ソ首脳発信の《モスクワ宣言=43 年》が影響している。宣言では、大戦中の残虐行 為を戦争犯罪と指定し、主に独軍将兵とナチス党 員を該当者と明記。その際、墺併合は無効と認定 された。以来、オーストリアは宣言にすがり、万 人単位のユダヤ人虐殺の暗部を覆い隠す。

ところが、国連事務総長を経て大統領に就任し たクルト・ワルトハイム(1918~2007 年)の独軍突撃隊将校という軍歴が暴かれ、自身 は残虐行為を否定したが、大統領再選(1992 年)を断念。それでも、ユダヤ社会や国際社会は 墺非難を高めていく。結局、首相がイスラエルを 訪問し、初めて謝罪する。

オーストリアの「連合国気取り」は終わった。 ただ、ヒトラーを独生まれ、ルートウィヒ・ベー トーベン(1770~1827年)を墺生まれと 偽るオーストリア人が少なからずいるそう。実際 は逆だ。

「偉人の捏造」。哀れな行為に、日韓併合に反 対した初代朝鮮統監・伊藤博文(初代首相/18 41~1909年)を暗殺した頓珍漢なテロリス ト・安重根(アンジュングン)(1879~19 10年)を英雄と粉飾し、歴史から絞り出す韓国 が透ける。

「連合国気取り」

しかも、オーストリアがやめた「連合国気取 り」も続けて尚、平然としている。韓国の教科書 にも載るが、2013年9月の《韓国光復軍》創 立73周年、韓国メディアは光復軍について講釈 した。

《英軍と連合して1944年のインパール戦闘 をはじめ、45年7月までミャンマー(ビルマ) 各地で対日作戦を遂行した》

韓国光復軍は40年9月、中華民国=国民党政 権の臨時首都・重慶で立ち上がった朝鮮独立を目 指す亡命政府=韓国臨時政府の武装組織。だが、 動員計画は遅れに遅れ、創軍1年目の兵力は30 0人に過ぎぬ。米CIA(中央情報局)の前身 で、レジスタンス活動を支援するOSS(戦略諜 報局)協力の下、朝鮮半島内で潜入破壊活動を考 えたが、日本降伏が先になった。

45年8月15日、最後の朝鮮総督は日章旗を 降ろし、太極旗掲揚を命じたのも束の間。9月、 軍政施行に向け半島に上陸した米軍は太極旗を降 下させ、再び日章旗を揚げさせる。以後3年間軍 政を実施し、臨時政府樹立など論外であった。臨 時政府の金九(キムグ)主席(1876~194 9年)は個人資格で“故国”に帰り、光復軍も武装 解除された。韓国は日本を打ち負かして独立した のではない。米国より棚ぼた式に独立を譲っても らっただけ。金も自伝で憂いた。

《心配だったのは、この戦争で何の役割を果た していないために、将来の国際関係においての発 言権が弱くなること》

《何の役割を果たしていない》韓国が戦争責任 をすり抜けられた理由の一つは、オーストリアの ように“ユダヤによる追及の構図”がなかった幸 運。ナチスと「喧嘩」しながらもユダヤ人を守っ た日本の役割は小さくない。だのに、韓国人は被 害者たる“ユダヤ人”を装う。

ところで、韓国外交官にとり墺駐在は出世街道 とされる。国連の潘基文(パンギムン)事務総長 (69)や金星煥(キムソンファン)・前外交通 商相(60)らはいずれも駐墺大使の経歴を持 つ。韓国民からオーストリア正史を遠ざける功績 が認められたわけではなかろうが…。(政治部専 門委員 野口裕之)