【エコノMIX異論正論】 池田信夫
安重根という名前を知っている日本人はほとんどいないと 思うが、韓国では「抗日闘争の英雄」である。 といっても彼は建設的な事業をしたわけではなく、
に日本の初代韓国統監だった伊藤博文を 暗殺したテロリストである。
ところが韓国の朴槿恵大統領は、彼が伊藤を暗殺した中国 のハルビン駅に記念碑を建設することを 中国側に提案し、それが「順調に進んでいる」
た。テロリストを英雄として賞賛することも先進国
暗殺事件から100年以上たって記念
では考えられないが、
碑を建てようと他国に提案する大統領も 普通ではない。
この一つの原因は、韓国があおっている反日感情の歴史的 根拠がないことにある。韓国は1910年の 日韓併合から終戦までの時期を「日帝36年」
ているが、その時期に日本の朝鮮総督府が 韓国人を虐待した記録はほとんどない。一時は「強制連 行」や「従軍慰安婦」などを持ち出したが、 それも事実と異なると判明したころから、
件を持ち出すようになった。
確かにこの時期には抗日運動があり、当時の大韓帝国が日 本の支配に抵抗したことも事実だ。
もともとは、李氏朝鮮の改革派が近代化の先輩だった日本 の支援を求めたのが始まりだ。これが 日清戦争の原因となり、勝った日本は朝鮮半島に介入せざ るをえなくなった。
それは近代化を始めたばかりの日本にとっても重荷であ り、伊藤は韓国併合には反対した。
国内の強硬派や軍は朝鮮を満州侵略への足がかりにしよう としたので、彼はみずから統監となった。 文官が軍を統括するのは異例で、軍は天皇の統帥権を理由 にして反対したが、彼は軍を抑えるため、 みずから現地の司令官を指揮したのだ。
伊藤は直接支配には消極的で、
員を選出し衆議院を組織すること」など、 日本をモデルにした自治政府を考えていたが、
勝った国内では対外的な膨張主義が 強まり、最終的には彼も併合を了承した。
殺されたため強硬派と慎重派のバランスが 崩れ、抗日運動を弾圧して日韓併合が行なわれた。
韓国の側からみると、中国との関係で格下と考えていた日 本に支配され、民族としての誇りは 傷ついただろう。しかし客観的に見て、今の北朝鮮に近い 状態で多数の餓死者が出ていた韓国が 独立することは、財政的に不可能だった。日本が支配しな ければ、ロシアが支配しただろう。
日韓併合のとき1300万人だった朝鮮の人口は、占領末期の 1942年には2550万人に倍増し、工業 生産は6倍以上になった。この時期の朝鮮の資本蓄積の 90%は日本の資本によるものと推定されて いる。逆にいうと、日本の朝鮮統治は大幅な赤字だった。 それは植民地支配という西洋的な概念とは 違い、「東亜の盟主になる」
鮮を「同化」しようとしたものだが、結果的 には大失敗だった。
ソース:Newsweekjapan http://www.newsweekjapan.jp/column/ikeda/2013/11/post-760.php
戦争が終わると、韓国人は日本のインフラ投資に感謝しな いで、反日感情を刺激してナショナリズム をあおり始めた。これは終戦直後にスターリンの指令で北 朝鮮が始めたものだが、歴代の軍事政権 は政治的危機に直面すると
という宣伝を繰り返した。
これに朝日新聞が「従軍慰安婦」の誤報で火に油を注ぎ、 日韓関係は決定的に悪化した。親日的な 言動を禁止する多くの法律が制定され、植民地時代の親日 的な行動に刑事罰を課す親日反民族 特別法が成立し、戦時中に遡及して親日派を摘発すること になった。
韓国政府は「朝鮮総督府は40%の土地を接収し、生産され たコメの半分を収奪した」などと国定 教科書に書かせているが、総督府は基本的に朝鮮人の土地 所有権を確認し、国有地は全国の土地 の3%程度だった。コメの半分が日本に輸出されたのは日本 の米価が朝鮮より30%ぐらい高かった からで、代金は朝鮮人の所得になったのだ。
このような歴史を歪曲する教育は、事実と照合すればすぐ 嘘とわかる幼稚な政治的宣伝である。 朴大統領は「日韓共同で歴史教科書をつくろう」
けているが、そのためには今までの反日 教育を清算することが条件だ。その気もないのに日本を攻 撃する舞台を設定しようという政治的 意図で言っているなら、日本は拒否すべきだ。安重根をめ ぐる彼女の言動をみても、反省する兆し はまったく見えないからだ。
おしまい☆
引用元:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1384912365
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安重根という名前を知っている日本人はほとんどいないと 思うが、韓国では「抗日闘争の英雄」である。 といっても彼は建設的な事業をしたわけではなく、
に日本の初代韓国統監だった伊藤博文を 暗殺したテロリストである。
ところが韓国の朴槿恵大統領は、彼が伊藤を暗殺した中国 のハルビン駅に記念碑を建設することを 中国側に提案し、それが「順調に進んでいる」
た。テロリストを英雄として賞賛することも先進国
暗殺事件から100年以上たって記念
では考えられないが、
碑を建てようと他国に提案する大統領も 普通ではない。
この一つの原因は、韓国があおっている反日感情の歴史的 根拠がないことにある。韓国は1910年の 日韓併合から終戦までの時期を「日帝36年」
ているが、その時期に日本の朝鮮総督府が 韓国人を虐待した記録はほとんどない。一時は「強制連 行」や「従軍慰安婦」などを持ち出したが、 それも事実と異なると判明したころから、
件を持ち出すようになった。
確かにこの時期には抗日運動があり、当時の大韓帝国が日 本の支配に抵抗したことも事実だ。
もともとは、李氏朝鮮の改革派が近代化の先輩だった日本 の支援を求めたのが始まりだ。これが 日清戦争の原因となり、勝った日本は朝鮮半島に介入せざ るをえなくなった。
それは近代化を始めたばかりの日本にとっても重荷であ り、伊藤は韓国併合には反対した。
国内の強硬派や軍は朝鮮を満州侵略への足がかりにしよう としたので、彼はみずから統監となった。 文官が軍を統括するのは異例で、軍は天皇の統帥権を理由 にして反対したが、彼は軍を抑えるため、 みずから現地の司令官を指揮したのだ。
伊藤は直接支配には消極的で、
員を選出し衆議院を組織すること」など、 日本をモデルにした自治政府を考えていたが、
勝った国内では対外的な膨張主義が 強まり、最終的には彼も併合を了承した。
殺されたため強硬派と慎重派のバランスが 崩れ、抗日運動を弾圧して日韓併合が行なわれた。
韓国の側からみると、中国との関係で格下と考えていた日 本に支配され、民族としての誇りは 傷ついただろう。しかし客観的に見て、今の北朝鮮に近い 状態で多数の餓死者が出ていた韓国が 独立することは、財政的に不可能だった。日本が支配しな ければ、ロシアが支配しただろう。
日韓併合のとき1300万人だった朝鮮の人口は、占領末期の 1942年には2550万人に倍増し、工業 生産は6倍以上になった。この時期の朝鮮の資本蓄積の 90%は日本の資本によるものと推定されて いる。逆にいうと、日本の朝鮮統治は大幅な赤字だった。 それは植民地支配という西洋的な概念とは 違い、「東亜の盟主になる」
鮮を「同化」しようとしたものだが、結果的 には大失敗だった。
ソース:Newsweekjapan http://www.newsweekjapan.jp/column/ikeda/2013/11/post-760.php
戦争が終わると、韓国人は日本のインフラ投資に感謝しな いで、反日感情を刺激してナショナリズム をあおり始めた。これは終戦直後にスターリンの指令で北 朝鮮が始めたものだが、歴代の軍事政権 は政治的危機に直面すると
という宣伝を繰り返した。
これに朝日新聞が「従軍慰安婦」の誤報で火に油を注ぎ、 日韓関係は決定的に悪化した。親日的な 言動を禁止する多くの法律が制定され、植民地時代の親日 的な行動に刑事罰を課す親日反民族 特別法が成立し、戦時中に遡及して親日派を摘発すること になった。
韓国政府は「朝鮮総督府は40%の土地を接収し、生産され たコメの半分を収奪した」などと国定 教科書に書かせているが、総督府は基本的に朝鮮人の土地 所有権を確認し、国有地は全国の土地 の3%程度だった。コメの半分が日本に輸出されたのは日本 の米価が朝鮮より30%ぐらい高かった からで、代金は朝鮮人の所得になったのだ。
このような歴史を歪曲する教育は、事実と照合すればすぐ 嘘とわかる幼稚な政治的宣伝である。 朴大統領は「日韓共同で歴史教科書をつくろう」
けているが、そのためには今までの反日 教育を清算することが条件だ。その気もないのに日本を攻 撃する舞台を設定しようという政治的 意図で言っているなら、日本は拒否すべきだ。安重根をめ ぐる彼女の言動をみても、反省する兆し はまったく見えないからだ。
おしまい☆
引用元:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1384912365
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