◆慰安婦問題の発火点、日本人弁護士の画策
慰安婦問題を考えるときに、いつも思い出すのが平成8年 10月、 取材に訪れたインドネシア・ジャカルタ郊外で見た異様な 光景だ。
当時、日本政府への賠償要求のために元慰安婦の登録事業 を進めていた 民間団体の事務所に、日本人支援者らによるこんな寄せ書 きが飾られていたのである。
「反天皇制」「国連平和維持活動 ノー」
民間団体は日本軍政時代に軍の雑用係を務めた「兵補」の 組織で 「元兵補中央協議会」といい、慰安婦問題とは直接関係な い。 インドネシア人がこの問題に取り組むのはまだ理解できる としても、 なぜこんなスローガンが出てくるのか。
疑問は、タスリップ・ラハルジョ会長の話を聞くうちに氷 解し、背景が理解できた気がした。 彼が、こんな内情を明かしたからだ。
「東京の高木健一弁護士の指示を受けて始めた。『早く進 めろ』との催促も受けた」 ラハルジョ氏は、高木氏自筆の手紙も示した。高木氏とい えば、 社民党の福島瑞穂前党首らとともに韓国で賠償訴訟の原告 となる元慰安婦を募集し、 弁護人を務めた人物である。
11年8月には、今度はロシアで高木氏の名前を耳にし た。 戦後も現地に留め置かれた残留韓国人の帰還事業に関する 対日要求について、 サハリン高麗人協会のパク・ケーレン会長に話を聞いたと ころ、 こんな言葉が飛び出したのだった。 「東京で大きな弁護士事務所を開いている高木弁護士が、 『もっと日本から賠償を取れるから要求しなさい』と教え てくれた」
そして、かつて福島氏と同じ弁護士事務所に先輩弁護士と して勤務し、 高木氏とは大学時代から続く「友人」であるのが民主党の 仙谷由人元官房長官だ。
仙谷氏は菅内閣の官房長官に就いて間もない22年7月、 突如として日韓両国間の 個人補償請求問題を「完全かつ最終的に」解決した日韓基 本条約(昭和40年)と それに伴う諸協定についてこう異を唱えだした。 「法律的に正当性があると言って、それだけでいいのか」
さらに、日韓併合100年に当たっての菅直人首相(当 時)による屋上屋を架す 「謝罪談話」や、必要性のない古文書「朝鮮王朝儀軌」引 き渡しなどを主導した。 これらは結果的に、韓国側の無理筋の対日謝罪・賠償要求 や 文化財返還要求の正当化に利用された。
一方、慰安婦募集の強制性を認めた5年8月の河野談話の 根拠となった、 日本政府による韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査 に、 福島氏がオブザーバー参加していたことは10月24日付 当欄でも指摘した通りである。 慰安婦訴訟の当事者であるにもかかわらず、何食わぬ顔を してだ。
河野談話作成にかかわった石原信雄元官房副長官は17年 の 産経新聞のインタビューにこう憤っていた。 「弁護士らが韓国で火をつけて歩いた。どうしてそういう ことをやるのか。 腹が立って仕方がない」
高木、福島、仙谷各氏は「人権派弁護士」として名を売っ てきた。 人権派と聞くと、とりあえず眉につばを塗りたくなるゆえ んである。
MSN産経ニュース 2013年11月15日 13:11 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131115/plc13111513120015-n1.htm http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131115/plc13111513120015-n2.htm http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131115/plc13111513120015-n3.htm
引用元:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1384500197
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慰安婦問題を考えるときに、いつも思い出すのが平成8年 10月、 取材に訪れたインドネシア・ジャカルタ郊外で見た異様な 光景だ。
当時、日本政府への賠償要求のために元慰安婦の登録事業 を進めていた 民間団体の事務所に、日本人支援者らによるこんな寄せ書 きが飾られていたのである。
「反天皇制」「国連平和維持活動 ノー」
民間団体は日本軍政時代に軍の雑用係を務めた「兵補」の 組織で 「元兵補中央協議会」といい、慰安婦問題とは直接関係な い。 インドネシア人がこの問題に取り組むのはまだ理解できる としても、 なぜこんなスローガンが出てくるのか。
疑問は、タスリップ・ラハルジョ会長の話を聞くうちに氷 解し、背景が理解できた気がした。 彼が、こんな内情を明かしたからだ。
「東京の高木健一弁護士の指示を受けて始めた。『早く進 めろ』との催促も受けた」 ラハルジョ氏は、高木氏自筆の手紙も示した。高木氏とい えば、 社民党の福島瑞穂前党首らとともに韓国で賠償訴訟の原告 となる元慰安婦を募集し、 弁護人を務めた人物である。
11年8月には、今度はロシアで高木氏の名前を耳にし た。 戦後も現地に留め置かれた残留韓国人の帰還事業に関する 対日要求について、 サハリン高麗人協会のパク・ケーレン会長に話を聞いたと ころ、 こんな言葉が飛び出したのだった。 「東京で大きな弁護士事務所を開いている高木弁護士が、 『もっと日本から賠償を取れるから要求しなさい』と教え てくれた」
そして、かつて福島氏と同じ弁護士事務所に先輩弁護士と して勤務し、 高木氏とは大学時代から続く「友人」であるのが民主党の 仙谷由人元官房長官だ。
仙谷氏は菅内閣の官房長官に就いて間もない22年7月、 突如として日韓両国間の 個人補償請求問題を「完全かつ最終的に」解決した日韓基 本条約(昭和40年)と それに伴う諸協定についてこう異を唱えだした。 「法律的に正当性があると言って、それだけでいいのか」
さらに、日韓併合100年に当たっての菅直人首相(当 時)による屋上屋を架す 「謝罪談話」や、必要性のない古文書「朝鮮王朝儀軌」引 き渡しなどを主導した。 これらは結果的に、韓国側の無理筋の対日謝罪・賠償要求 や 文化財返還要求の正当化に利用された。
一方、慰安婦募集の強制性を認めた5年8月の河野談話の 根拠となった、 日本政府による韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査 に、 福島氏がオブザーバー参加していたことは10月24日付 当欄でも指摘した通りである。 慰安婦訴訟の当事者であるにもかかわらず、何食わぬ顔を してだ。
河野談話作成にかかわった石原信雄元官房副長官は17年 の 産経新聞のインタビューにこう憤っていた。 「弁護士らが韓国で火をつけて歩いた。どうしてそういう ことをやるのか。 腹が立って仕方がない」
高木、福島、仙谷各氏は「人権派弁護士」として名を売っ てきた。 人権派と聞くと、とりあえず眉につばを塗りたくなるゆえ んである。
MSN産経ニュース 2013年11月15日 13:11 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131115/plc13111513120015-n1.htm http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131115/plc13111513120015-n2.htm http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131115/plc13111513120015-n3.htm
引用元:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1384500197
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