嘘も百回いえば、嘘では なくなる。たぶん、それを 狙っているんでしょうね。 まあいちいち腹を立てても 仕方ありませんが、国際政 治の世界では、本当のこと でも百回いわないと、本当 だと思ってもらえないこと があるので、気を付けなく てはいけません。
≪真実語って「倍返し」せよ≫
尖閣諸島に関する中国の執拗(しつよう)な宣 伝活動について、ある外務省OBがそうコメント していた。たしかにその通りだろう。
先月、北京で行われた日中平和友好条約35周 年を記念する有識者フォーラムでも、挨拶(あい さつ)に立った唐家●元中国外相が、尖閣諸島を めぐる日中対立の責任は、40年間の「棚上げ」 を破った日本側にある、とする中国政府お得意の 主張を繰り返したそうである。明らかな嘘だが、 ああまたおかしなことをいっている、と聞き流す のはよくないだろう。
むしろ「倍返し」にするぐらいの気持ちで本当 のことを繰り返し述べるべきである。尖閣諸島を めぐる日中対立の責任は、40年前の「棚上げ」 を破った中国側にある、と。
むろん、こちらからそういうときには、40年 前の「棚上げ」の意味を明確にする必要がある。 1972年の日中国交回復時に存在したと中国政 府が主張する「棚上げ」は、尖閣の領有権を問題 にしない「棚上げ」だったことを、である。
中国政府が尖閣の領有権を問題にしないという 態度をとったので、それは日中国交回復交渉の議 題にならなかった。
中国側の考えを尋ねた田中角栄首相に対して、 周恩来首相は、「今回は話したくない」と述べ、 さらに、これは海底に石油があるらしいから騒が れているだけだ、という趣旨のことを付け加えて いる。
≪問題にしないとした周恩来≫
中国政府はいまでこそ、尖閣の領有権は、台 湾、チベット並みの中国の「核心的利益」だとい わんばかりの態度を見せている。だがそれは日中 国交回復時の周恩来首相の態度とは、まったく異 なる。
尖閣を問題にしないという中国政府の態度に、 日本政府はとくに異議を唱えなかった。これは政 治的にはもちろん、国際法的にも賢明な態度だっ たと思われる。
数年後、トウ小平の時代になってから、中国政 府は日本に対し、尖閣の領有権を問題にするよう 求めはじめる。領土問題の存在を認めたうえで将 来世代に解決を任せる、という「棚上げ」であ る。日本政府がそれを受け入れるはずはなかっ た。
だが中国政府は、92年に尖閣諸島をも領海に 含む領海法を制定。領有権を問題にする「棚上 げ」を求める姿勢を明確にした。
それは国際法的にまったく無理な姿勢というし かない。というのも、もし中国政府が尖閣の領有 権を問題にしたいのであれば、それは、日中国交 回復時にすべきものだったからである。
中国政府は、尖閣諸島は日本が日清戦争で中国 から盗んだ島だと主張する。盗まれたのならなぜ その後、70年代になるまで、75年間も黙って いたのか不思議だが、ともかくそう主張する。
そしてその主張を前提に、そういうものを返す よう要求した第二次世界大戦中のカイロ宣言、そ してそのカイロ宣言の実行を求めたポツダム宣言 に従って、中国に返還すべきである、という理屈 を立てている。
だが尖閣は、日本が中国から盗んだ島ではな い。それが明らかだからこそ、サンフランシスコ 平和条約の領土処理で尖閣諸島は、ポツダム宣言 にいうところの、連合国が決定する「諸小島」の 一つとして、日本に主権が残ったわけである。
≪復交時に求めず、いまさら…≫
中国はサンフランシスコ平和条約に署名してい ない。サンフランシスコ市で講和会議が開かれて いたときには、国連軍と朝鮮戦争を戦っており、 国連からは侵略者の烙印(らくいん)を押されて いて、会議には呼ばれなかった。中国政府がこの 平和条約を認めない、と主張することは可能かも しれない。
だが、その場合、中国政府はいつ、戦時中のカ イロ宣言とポツダム宣言に基づいて、尖閣諸島を 中国に返せ、と日本に要求することができただろ うか。
それは中国が日本との間で戦後処理を行い、国 交を回復した72年しかあるまい。その時に要求 しなかった(問題にしなかった)ものを、いまさ ら要求されても(問題にされても)、まじめに聞 く耳を持ちようがない。
中国政府には、72年の日中共同声明第1項を よくかみしめてもらいたいものである。そこに は、こうある。
「日本国と中華人民共和国との間のこれまでの 不正常な状態は、この共同声明が発出される日に 終了する」
中国政府の要求は、「不正常な状態」の終了を 宣言するこの第1項に反し、日中間の戦後秩序を 破壊することにもつながりかねないのである。 (さかもと かずや)
●=王へんに旋
Android携帯からの投稿
≪真実語って「倍返し」せよ≫
尖閣諸島に関する中国の執拗(しつよう)な宣 伝活動について、ある外務省OBがそうコメント していた。たしかにその通りだろう。
先月、北京で行われた日中平和友好条約35周 年を記念する有識者フォーラムでも、挨拶(あい さつ)に立った唐家●元中国外相が、尖閣諸島を めぐる日中対立の責任は、40年間の「棚上げ」 を破った日本側にある、とする中国政府お得意の 主張を繰り返したそうである。明らかな嘘だが、 ああまたおかしなことをいっている、と聞き流す のはよくないだろう。
むしろ「倍返し」にするぐらいの気持ちで本当 のことを繰り返し述べるべきである。尖閣諸島を めぐる日中対立の責任は、40年前の「棚上げ」 を破った中国側にある、と。
むろん、こちらからそういうときには、40年 前の「棚上げ」の意味を明確にする必要がある。 1972年の日中国交回復時に存在したと中国政 府が主張する「棚上げ」は、尖閣の領有権を問題 にしない「棚上げ」だったことを、である。
中国政府が尖閣の領有権を問題にしないという 態度をとったので、それは日中国交回復交渉の議 題にならなかった。
中国側の考えを尋ねた田中角栄首相に対して、 周恩来首相は、「今回は話したくない」と述べ、 さらに、これは海底に石油があるらしいから騒が れているだけだ、という趣旨のことを付け加えて いる。
≪問題にしないとした周恩来≫
中国政府はいまでこそ、尖閣の領有権は、台 湾、チベット並みの中国の「核心的利益」だとい わんばかりの態度を見せている。だがそれは日中 国交回復時の周恩来首相の態度とは、まったく異 なる。
尖閣を問題にしないという中国政府の態度に、 日本政府はとくに異議を唱えなかった。これは政 治的にはもちろん、国際法的にも賢明な態度だっ たと思われる。
数年後、トウ小平の時代になってから、中国政 府は日本に対し、尖閣の領有権を問題にするよう 求めはじめる。領土問題の存在を認めたうえで将 来世代に解決を任せる、という「棚上げ」であ る。日本政府がそれを受け入れるはずはなかっ た。
だが中国政府は、92年に尖閣諸島をも領海に 含む領海法を制定。領有権を問題にする「棚上 げ」を求める姿勢を明確にした。
それは国際法的にまったく無理な姿勢というし かない。というのも、もし中国政府が尖閣の領有 権を問題にしたいのであれば、それは、日中国交 回復時にすべきものだったからである。
中国政府は、尖閣諸島は日本が日清戦争で中国 から盗んだ島だと主張する。盗まれたのならなぜ その後、70年代になるまで、75年間も黙って いたのか不思議だが、ともかくそう主張する。
そしてその主張を前提に、そういうものを返す よう要求した第二次世界大戦中のカイロ宣言、そ してそのカイロ宣言の実行を求めたポツダム宣言 に従って、中国に返還すべきである、という理屈 を立てている。
だが尖閣は、日本が中国から盗んだ島ではな い。それが明らかだからこそ、サンフランシスコ 平和条約の領土処理で尖閣諸島は、ポツダム宣言 にいうところの、連合国が決定する「諸小島」の 一つとして、日本に主権が残ったわけである。
≪復交時に求めず、いまさら…≫
中国はサンフランシスコ平和条約に署名してい ない。サンフランシスコ市で講和会議が開かれて いたときには、国連軍と朝鮮戦争を戦っており、 国連からは侵略者の烙印(らくいん)を押されて いて、会議には呼ばれなかった。中国政府がこの 平和条約を認めない、と主張することは可能かも しれない。
だが、その場合、中国政府はいつ、戦時中のカ イロ宣言とポツダム宣言に基づいて、尖閣諸島を 中国に返せ、と日本に要求することができただろ うか。
それは中国が日本との間で戦後処理を行い、国 交を回復した72年しかあるまい。その時に要求 しなかった(問題にしなかった)ものを、いまさ ら要求されても(問題にされても)、まじめに聞 く耳を持ちようがない。
中国政府には、72年の日中共同声明第1項を よくかみしめてもらいたいものである。そこに は、こうある。
「日本国と中華人民共和国との間のこれまでの 不正常な状態は、この共同声明が発出される日に 終了する」
中国政府の要求は、「不正常な状態」の終了を 宣言するこの第1項に反し、日中間の戦後秩序を 破壊することにもつながりかねないのである。 (さかもと かずや)
●=王へんに旋
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