いかなる経済的な奇跡も、
ときが来ることは歴史が証明している。中国は驚 くべき成長をあとどれくらい維持できるのだろう か。
20世紀の大きな疑問は21世紀になっても消えて いない。歴史の正しい側にいるのはどちらかとい う疑問だ。自由市場、法の支配、説明責任、三権 分立でがんじがらめになった、大衆の中から権力 が育った自由民主主義なのか。それともスターリ ンやヒトラーのような独裁的中央集権制なのだろ うか。最近の変形として、そこまで苛酷ではない
中国の国家資本主義プラス一党独裁が挙
ものの、
げられる。
画像を拡大する
深浅のフォックスコン工場で働く労働者(2010
ていたに過ぎない。そして今、
頭と民主主義経済の危機――バブルとその崩壊、過 剰支出 とけた外れに大きな債務――が、自由民主 主義がいたるところで勝利する
と呼ばれる墓地に安全に埋められていたかに思え たものを掘り起こしてしまった。墓から蘇ったそ の死人は、今や誇らしげに歩き回っている。そし て欧米の多くの人々が次のような疑問を抱いてい る。豊かさと世界的影響力を手に入れるには、過 去にアジアの「小龍(韓国、台湾、
現在では中国が実践しているトップダウン型の資 本主義の方が、
を無能化させるやり方よりも良いのではないか。
「他の国々の台頭」派(アリス・H・アムスデ ン著『The Rise of "the Rest"』の考えに同意する
は、明日は昨日のリメイクになる、つまり
人々)
中国はますます成長すると想定している。
し、歴史はわれわれに用心しろと警告している。 過去のすべての経済的な奇跡に共通する特徴は急 成長である。それは19世紀の英国、米国、
に始まり、第2次世界大戦後の日本、台湾、韓国、 西ドイツに受け継がれた。ところが、
も最初の驚くべきペースを維持できず、最終的に は減速してしまった。若々しい活気が成熟に取っ て代わられると、そうした国々は
ペースに落ち着いた。
らいのペースか。2008年の金融危機までの30年間 なら、米国の成長率は平均3%を優に上回ってい
ドイツの成長率は3%から2%未満に、
た。
4.5%から1.2%に減速している。
国が農業と手工業から製造業に発展し、そこか らさらにサービス・知識経済に進化していくにし たがって、上昇は降下に転じ、横ばいになる。そ の過程で田舎には人がいなくなり、無限に思われ た安い労働力の宝庫として機能しなくなってしま う。固定投資が増えるに連れて限界収益が減り、 新たな単位当たり資本が生み出す生産高は以前よ りも少なくなる。
である収穫逓減の法則だ。
第2次世界大戦後の日本やドイツがそうであった ように、横ばい効果は戦争と壊滅の直後の復興段 階に出現した先進工業国の経済にも当てはまる。 どちらの場合もそのパターンは同じだ。空に向 かって急上昇し過ぎた飛行機が高度を下げ、通常 の飛行パターンである水平飛行に正すのと似てい る。強調すべきは、そのトレンドラインが決して なめらかではないということだ。短期的に見る と、そのラインは景気変動や内戦や戦争といった 経済の域を越えたショックによってジグザグにな る。
何を耐え忍んだかということは後になってよう やくわかるのだ。1970年代の景気拡大の最中、
本の成長率はわずか2年のあいだに8%からマイナ スに落ち込んだ。1970年代のもう1つの成功例で ある韓国は12%とマイナス1.5%の間で急激に変動 した。同じころに文化大革命が起きていた中国の 成長率もかつての19%からマイナスに急降下し た。最近の中国の歴史は、景気循環による低迷よ りもよっぽどひどい損害をもたらす
ショックの役割を完璧に説明している。成長に とって戦争に次ぐ容赦のないブレーキは国内の混 乱である。文化大革命の最初の2年間で中国の成長 率は8%も低下し、その後さらに7%ポイント下 がった。1989年の天安門事件の後、2桁だった成 長率は急降下し、2年連続で2.5%となった。
わせている。国家の締め付けが強いほど、経済は 政治的ショックにますます脆弱になる。中国当局 がすべての市民デモを、30年以上も前に起きた天 安門事件の二の舞を警戒するかのように執拗に監 視しているのもそのためだ。
力を失う日が近いのではないかという不安にとら われている」と中国研究の第一人者、
シャーク氏は書いている。
にソビエト連邦や東欧の共産主義政権がほぼ一夜 にして崩壊するのを不吉な予感と共に見ていた。 北京の天安門広場とその他の100以上の都市で起 きた大規模な民主化要求の抗議行動が中国の共産 主義体制を転覆させそうになったのもその年だっ た」
関連記事 中国政府系シンクタンクが経済改革案提示へ ―3中総会を控え 中国、高齢化が経済成長率を3ポイント押し下 げも=シティ 中国の「ミスター市場」が訴える政治改革
に驚がくしている。だからといって、
史の審判に未来永劫抗える理由などあるだろう か。19世紀半ばに欧米の驚異的な経済発展を引き 起こした産業革命以来、
た国など、他にはない。
では、中国への心酔をどう説明したらいいの か。欧米のさまざまなタイプの知識人たちは、絶 対的指導者に弱い傾向がある。たとえば、
スの実存主義作家で哲学者のジャン・ポール・サ ルトルのスターリンやドイツの大学教授陣のヒト ラーに対する背信行為への誇大な称賛である。フ ランスの小説家、
のロシアに具現化された
見ていた。
それも当然である。そうした独裁者は世俗的な 救済ばかりか経済の再生も約束した。権力を欲し ながらも臆病で手が出せない思想家が夢を見て議 論する一方で、彼らは実践的なエンジニアだっ た。残念なことに、その代償は筆舌に尽くしがた い人的被害だったが、共産主義者だったドイツの 詩人、ベルトルト・ブレヒトの有名な説教にある ように「まず食うこと、それから道徳」だった。
今日の悲観論者たちも同じような誘惑に屈して いる。彼らは欧米の資本主義の危機をざっと見渡 し、中国の30年に及ぶ奇跡に目を奪われている。 そしてもう一度、特に市場と利益を側面に配した 国家至上主義は自由民主主義よりもうまくいくと いう結論を下している。20世紀の傷だらけの歴史 が示している通り、権力は初めのうちこそ確かに 成長を育むが、長期的には行き詰る。最高指導者
国民を熱狂的な工業化に駆り立てるのがうま
は、
く、民主主義が数十年、数百年かかることを数年 で成し遂げてしまう。
ヒトラーの指揮の下、
ガーの愛称で知られた特急列車はベルリンとハン ブルグの間を138分で結んだ。戦後の民主主義体 制下のドイツでは、
を要した。その理由は単純である。ナチスには地 元住民の反対や環境影響評価報告書を心配する必 要がなかったからだ。今ではドイツ製の磁気浮上 式鉄道が上海と浦東国際空港の間を猛スピードで 行き来している。ところが、それを開発したドイ ツでは、騒音と助成金に抗議する民主主義のせい で運行が頓挫している。
ソ連型のモデルが示しているように、
ウン型の経済は当初は成功しても後に失敗する。 ナセル大統領のエジプトからカストロ首相の キューバまで、模倣者の長いリストが証明してい るように、離陸地点にすら到達しないこともあ る。アルゼンチン、
証している通り、21世紀のポピュリスト軍事独裁 者もやはり成功していない。
独裁主義の、
自らその終結の種をまいている。その制度は、初 期には山々をも動かすが、最終的には自らも山脈 の一部と化し、石のように固く、排他的で動かな くなる。それは自らの地位と収入にとって重大な 脅威となる変化をまずは無視し、次に抵抗する昔 の特権階級のような既得権保有者に力を与える。
このような「利益の追求」
べてで見られる。社会科学者のフランシス・フク ヤマはフランス革命以前の旧体制を振り返ってこ う説明する。
が自らの利益を確保するために、
費やしてでも公職に就こうとしていた」つまり、 自由市場が与えてくれる以上の富を求めていたの だ。フランスでは、その「利益」
され得る特定の収入源に対する法的権限」だっ た。言い換えれば、公的な権限を個人的な利益に 変換するのが権力者のゲームで、市場や競争など 知ったことではなかったのだ。
このフランスのたとえは容易に20世紀の東アジ アに置き換えられる。そこでは国家と社会の双方 によって、公然と、
ちつ持たれつのゲームがプレイされた。国家的優 位性を旗印に掲げる国家は、産業や利益団体を特 別扱いした。するとそうした組織は競合的体制が もたらし得るものをはるかに越えた富と地位 ――「利益」を増やそうと、独占、助成金、税制上 の優遇、保護を得るための権力を追求した。
国が大きくなればなるほど、利益も大きくな る。市場ではなく国家が経済的成果を決定するの であれば、資源分配者として政治が収益性に勝る ことになる。免許、建築許可、資本、輸入障壁、 競争抑制的な規制などは国営企業、
れている企業に与えられ、腐敗や非効率を生み出 すことになる。
できない。国家はその顧客を頼り、顧客は恩恵を 施してくれる国家に依存しているからである。
の広がりつつある馴れ合い関係は、景気停滞か反 乱のいずれかを招くことになる。
中国について小龍たちが教えてくれるものはな にか。そうした国々のすべてが倣ったモデルはほ とんど同じだが、見逃すことができない違いもあ る。その1つが純然たる大きさである。なにがあろ うと、中国は世界経済において強い影響力を持ち 続けるだろう。もう1つは人口統計だ。小龍たちは すでに典型的なコースをたどり終えている。その 過程で欧米と同様に、
い生活を求めて都市部に群がった。
備軍」が賃金を抑え、利益率と株主資本を押し上 げてきた。
画像を拡大する
日本、韓国、台湾を大幅に上回る中国のGDP成長
具、自動車、電子機器は、今日の中国の巨大輸出 産業と同様に、
た。しかし、働き手がいなくなった田舎では、
はや産業界に安い労働力を提供できないのだ。
中国には農村の貧しい生活に別れを告げようと している人々がまだ数千万人いる。
減少・高齢化しつつある人口が移民や出生率の増 加ですぐに補充されることはない日本と混同して はいけない。世界的にも出生率がかなり低い日本 の順位は、台湾の1つ上、韓国の1つ下となってい る。これは東アジアの「死の願望」
ろう。中国の「予備軍」
る。この非常に貧しい国は、強制された資本蓄 積、抑制された消費、尊大なまでの環境軽視と いった国家資本主義に典型的な強みについても使 い果たしていない。
とはいえ、2015年の災いには用心すべきであ る。都市部に行きたがっている田舎の住人は多い が、中国の労働力は減少し始め、その一方で高齢 化している扶養家族の数は増え続けている。
は極端に低い出生率、健康状態の向上、寿命の延 びなどの結果である。中国で高齢化が進む一方 で、米国では高い出生率と移民受け入れ政策のお かげで若返っている。高齢化社会は単に労働力が 減るだけではなく、安全と安定を求める人々と、 経済成長の目に見えない原動力となっている特 性、リスクを冒してでも獲得したがる人々の間の 文化的バランスにも変化を生じさせている。
いずれにしても、
落ち込んでいる。2000年以来、平均賃金は4倍に なり、かつては目覚ましかった年間成長率も、
はや1桁に鈍化している。
「公序の乱れ」の頻度で計測する中国での不満 は高まっているが、それは地方の腐敗やエリート たちの利益追求に対するもので、共産党の政治的 独占にひびを入れようとするものではない。天安 門広場での1回のデモで革命は起きない。台湾政府 や韓国政府の独裁者を追放した国民的な抗議活動 に近道などない。
中国では選挙による革命がすぐに起きる可能性 もない。日本は自由選挙の国であるにもかかわら ず、自由民主党一党による国家運営を排除するの に50年の歳月を要した。中国共産党にはそうした 災難を恐れる必要はない。見せかけだけの選挙を 行っている国の唯一の政党なのだから。
それでも、である。
その形が「管理された」
た」ものであれ、純粋な国家資本主義であれ、歴 史は独裁主義の近代化にとって良い前兆とは言え ない。そのシステムは凍結してしまうか、
しい成長の種を自らむさぼってしまうかして、最 終的に景気停滞を生み出すことになる
本の「モデル」
途切れる以前の20年前から衰退し始めた)
は、成長が最初に富を生み出し、次に中流層が生 まれ、その後に民主化と共に福祉国家になり、成 長が減速するという欧米のルートをたどるかもし れない。これは台湾と韓国が歩んだ道であり、
わば欧米化のオリエンタル版である。
皮肉なのは、独裁主義と民主主義の両方が、理 由はかなり異なっているものの、長期的な素晴ら しい成長と両立しないという事実である。中国は
いずれの隠れた障害についても避け
今のところ、
て進むことができている。景気の減速も反乱もな く、経済大国になった――これは前例のない政治的 な奇跡である。その戦略は市場を解き放ち、政治 に足かせをする
である。
中国はこの道を歩み続けられるだろうか。歴史 の審判からすると、
このエッセーは11月4日にリブライト社から出 版されるジョセフ・ジョフィ氏の著書『The Myth of America's Decline: Politics, Economics and A Half Century of False Prophecies』から抜粋した。 ジョフィ氏はドイツで最も広く読まれている週間 新聞ディー・ツァイトの編集者で、
ンスティテューションとスタンフォード大学フ リーマン・スポグリ国際教育研究所の特別研究員 を務めている。
Android携帯からの投稿
ときが来ることは歴史が証明している。中国は驚 くべき成長をあとどれくらい維持できるのだろう か。
20世紀の大きな疑問は21世紀になっても消えて いない。歴史の正しい側にいるのはどちらかとい う疑問だ。自由市場、法の支配、説明責任、三権 分立でがんじがらめになった、大衆の中から権力 が育った自由民主主義なのか。それともスターリ ンやヒトラーのような独裁的中央集権制なのだろ うか。最近の変形として、そこまで苛酷ではない
中国の国家資本主義プラス一党独裁が挙
ものの、
げられる。
画像を拡大する
深浅のフォックスコン工場で働く労働者(2010
ていたに過ぎない。そして今、
頭と民主主義経済の危機――バブルとその崩壊、過 剰支出 とけた外れに大きな債務――が、自由民主 主義がいたるところで勝利する
と呼ばれる墓地に安全に埋められていたかに思え たものを掘り起こしてしまった。墓から蘇ったそ の死人は、今や誇らしげに歩き回っている。そし て欧米の多くの人々が次のような疑問を抱いてい る。豊かさと世界的影響力を手に入れるには、過 去にアジアの「小龍(韓国、台湾、
現在では中国が実践しているトップダウン型の資 本主義の方が、
を無能化させるやり方よりも良いのではないか。
「他の国々の台頭」派(アリス・H・アムスデ ン著『The Rise of "the Rest"』の考えに同意する
は、明日は昨日のリメイクになる、つまり
人々)
中国はますます成長すると想定している。
し、歴史はわれわれに用心しろと警告している。 過去のすべての経済的な奇跡に共通する特徴は急 成長である。それは19世紀の英国、米国、
に始まり、第2次世界大戦後の日本、台湾、韓国、 西ドイツに受け継がれた。ところが、
も最初の驚くべきペースを維持できず、最終的に は減速してしまった。若々しい活気が成熟に取っ て代わられると、そうした国々は
ペースに落ち着いた。
らいのペースか。2008年の金融危機までの30年間 なら、米国の成長率は平均3%を優に上回ってい
ドイツの成長率は3%から2%未満に、
た。
4.5%から1.2%に減速している。
国が農業と手工業から製造業に発展し、そこか らさらにサービス・知識経済に進化していくにし たがって、上昇は降下に転じ、横ばいになる。そ の過程で田舎には人がいなくなり、無限に思われ た安い労働力の宝庫として機能しなくなってしま う。固定投資が増えるに連れて限界収益が減り、 新たな単位当たり資本が生み出す生産高は以前よ りも少なくなる。
である収穫逓減の法則だ。
第2次世界大戦後の日本やドイツがそうであった ように、横ばい効果は戦争と壊滅の直後の復興段 階に出現した先進工業国の経済にも当てはまる。 どちらの場合もそのパターンは同じだ。空に向 かって急上昇し過ぎた飛行機が高度を下げ、通常 の飛行パターンである水平飛行に正すのと似てい る。強調すべきは、そのトレンドラインが決して なめらかではないということだ。短期的に見る と、そのラインは景気変動や内戦や戦争といった 経済の域を越えたショックによってジグザグにな る。
何を耐え忍んだかということは後になってよう やくわかるのだ。1970年代の景気拡大の最中、
本の成長率はわずか2年のあいだに8%からマイナ スに落ち込んだ。1970年代のもう1つの成功例で ある韓国は12%とマイナス1.5%の間で急激に変動 した。同じころに文化大革命が起きていた中国の 成長率もかつての19%からマイナスに急降下し た。最近の中国の歴史は、景気循環による低迷よ りもよっぽどひどい損害をもたらす
ショックの役割を完璧に説明している。成長に とって戦争に次ぐ容赦のないブレーキは国内の混 乱である。文化大革命の最初の2年間で中国の成長 率は8%も低下し、その後さらに7%ポイント下 がった。1989年の天安門事件の後、2桁だった成 長率は急降下し、2年連続で2.5%となった。
わせている。国家の締め付けが強いほど、経済は 政治的ショックにますます脆弱になる。中国当局 がすべての市民デモを、30年以上も前に起きた天 安門事件の二の舞を警戒するかのように執拗に監 視しているのもそのためだ。
力を失う日が近いのではないかという不安にとら われている」と中国研究の第一人者、
シャーク氏は書いている。
にソビエト連邦や東欧の共産主義政権がほぼ一夜 にして崩壊するのを不吉な予感と共に見ていた。 北京の天安門広場とその他の100以上の都市で起 きた大規模な民主化要求の抗議行動が中国の共産 主義体制を転覆させそうになったのもその年だっ た」
関連記事 中国政府系シンクタンクが経済改革案提示へ ―3中総会を控え 中国、高齢化が経済成長率を3ポイント押し下 げも=シティ 中国の「ミスター市場」が訴える政治改革
に驚がくしている。だからといって、
史の審判に未来永劫抗える理由などあるだろう か。19世紀半ばに欧米の驚異的な経済発展を引き 起こした産業革命以来、
た国など、他にはない。
では、中国への心酔をどう説明したらいいの か。欧米のさまざまなタイプの知識人たちは、絶 対的指導者に弱い傾向がある。たとえば、
スの実存主義作家で哲学者のジャン・ポール・サ ルトルのスターリンやドイツの大学教授陣のヒト ラーに対する背信行為への誇大な称賛である。フ ランスの小説家、
のロシアに具現化された
見ていた。
それも当然である。そうした独裁者は世俗的な 救済ばかりか経済の再生も約束した。権力を欲し ながらも臆病で手が出せない思想家が夢を見て議 論する一方で、彼らは実践的なエンジニアだっ た。残念なことに、その代償は筆舌に尽くしがた い人的被害だったが、共産主義者だったドイツの 詩人、ベルトルト・ブレヒトの有名な説教にある ように「まず食うこと、それから道徳」だった。
今日の悲観論者たちも同じような誘惑に屈して いる。彼らは欧米の資本主義の危機をざっと見渡 し、中国の30年に及ぶ奇跡に目を奪われている。 そしてもう一度、特に市場と利益を側面に配した 国家至上主義は自由民主主義よりもうまくいくと いう結論を下している。20世紀の傷だらけの歴史 が示している通り、権力は初めのうちこそ確かに 成長を育むが、長期的には行き詰る。最高指導者
国民を熱狂的な工業化に駆り立てるのがうま
は、
く、民主主義が数十年、数百年かかることを数年 で成し遂げてしまう。
ヒトラーの指揮の下、
ガーの愛称で知られた特急列車はベルリンとハン ブルグの間を138分で結んだ。戦後の民主主義体 制下のドイツでは、
を要した。その理由は単純である。ナチスには地 元住民の反対や環境影響評価報告書を心配する必 要がなかったからだ。今ではドイツ製の磁気浮上 式鉄道が上海と浦東国際空港の間を猛スピードで 行き来している。ところが、それを開発したドイ ツでは、騒音と助成金に抗議する民主主義のせい で運行が頓挫している。
ソ連型のモデルが示しているように、
ウン型の経済は当初は成功しても後に失敗する。 ナセル大統領のエジプトからカストロ首相の キューバまで、模倣者の長いリストが証明してい るように、離陸地点にすら到達しないこともあ る。アルゼンチン、
証している通り、21世紀のポピュリスト軍事独裁 者もやはり成功していない。
独裁主義の、
自らその終結の種をまいている。その制度は、初 期には山々をも動かすが、最終的には自らも山脈 の一部と化し、石のように固く、排他的で動かな くなる。それは自らの地位と収入にとって重大な 脅威となる変化をまずは無視し、次に抵抗する昔 の特権階級のような既得権保有者に力を与える。
このような「利益の追求」
べてで見られる。社会科学者のフランシス・フク ヤマはフランス革命以前の旧体制を振り返ってこ う説明する。
が自らの利益を確保するために、
費やしてでも公職に就こうとしていた」つまり、 自由市場が与えてくれる以上の富を求めていたの だ。フランスでは、その「利益」
され得る特定の収入源に対する法的権限」だっ た。言い換えれば、公的な権限を個人的な利益に 変換するのが権力者のゲームで、市場や競争など 知ったことではなかったのだ。
このフランスのたとえは容易に20世紀の東アジ アに置き換えられる。そこでは国家と社会の双方 によって、公然と、
ちつ持たれつのゲームがプレイされた。国家的優 位性を旗印に掲げる国家は、産業や利益団体を特 別扱いした。するとそうした組織は競合的体制が もたらし得るものをはるかに越えた富と地位 ――「利益」を増やそうと、独占、助成金、税制上 の優遇、保護を得るための権力を追求した。
国が大きくなればなるほど、利益も大きくな る。市場ではなく国家が経済的成果を決定するの であれば、資源分配者として政治が収益性に勝る ことになる。免許、建築許可、資本、輸入障壁、 競争抑制的な規制などは国営企業、
れている企業に与えられ、腐敗や非効率を生み出 すことになる。
できない。国家はその顧客を頼り、顧客は恩恵を 施してくれる国家に依存しているからである。
の広がりつつある馴れ合い関係は、景気停滞か反 乱のいずれかを招くことになる。
中国について小龍たちが教えてくれるものはな にか。そうした国々のすべてが倣ったモデルはほ とんど同じだが、見逃すことができない違いもあ る。その1つが純然たる大きさである。なにがあろ うと、中国は世界経済において強い影響力を持ち 続けるだろう。もう1つは人口統計だ。小龍たちは すでに典型的なコースをたどり終えている。その 過程で欧米と同様に、
い生活を求めて都市部に群がった。
備軍」が賃金を抑え、利益率と株主資本を押し上 げてきた。
画像を拡大する
日本、韓国、台湾を大幅に上回る中国のGDP成長
具、自動車、電子機器は、今日の中国の巨大輸出 産業と同様に、
た。しかし、働き手がいなくなった田舎では、
はや産業界に安い労働力を提供できないのだ。
中国には農村の貧しい生活に別れを告げようと している人々がまだ数千万人いる。
減少・高齢化しつつある人口が移民や出生率の増 加ですぐに補充されることはない日本と混同して はいけない。世界的にも出生率がかなり低い日本 の順位は、台湾の1つ上、韓国の1つ下となってい る。これは東アジアの「死の願望」
ろう。中国の「予備軍」
る。この非常に貧しい国は、強制された資本蓄 積、抑制された消費、尊大なまでの環境軽視と いった国家資本主義に典型的な強みについても使 い果たしていない。
とはいえ、2015年の災いには用心すべきであ る。都市部に行きたがっている田舎の住人は多い が、中国の労働力は減少し始め、その一方で高齢 化している扶養家族の数は増え続けている。
は極端に低い出生率、健康状態の向上、寿命の延 びなどの結果である。中国で高齢化が進む一方 で、米国では高い出生率と移民受け入れ政策のお かげで若返っている。高齢化社会は単に労働力が 減るだけではなく、安全と安定を求める人々と、 経済成長の目に見えない原動力となっている特 性、リスクを冒してでも獲得したがる人々の間の 文化的バランスにも変化を生じさせている。
いずれにしても、
落ち込んでいる。2000年以来、平均賃金は4倍に なり、かつては目覚ましかった年間成長率も、
はや1桁に鈍化している。
「公序の乱れ」の頻度で計測する中国での不満 は高まっているが、それは地方の腐敗やエリート たちの利益追求に対するもので、共産党の政治的 独占にひびを入れようとするものではない。天安 門広場での1回のデモで革命は起きない。台湾政府 や韓国政府の独裁者を追放した国民的な抗議活動 に近道などない。
中国では選挙による革命がすぐに起きる可能性 もない。日本は自由選挙の国であるにもかかわら ず、自由民主党一党による国家運営を排除するの に50年の歳月を要した。中国共産党にはそうした 災難を恐れる必要はない。見せかけだけの選挙を 行っている国の唯一の政党なのだから。
それでも、である。
その形が「管理された」
た」ものであれ、純粋な国家資本主義であれ、歴 史は独裁主義の近代化にとって良い前兆とは言え ない。そのシステムは凍結してしまうか、
しい成長の種を自らむさぼってしまうかして、最 終的に景気停滞を生み出すことになる
本の「モデル」
途切れる以前の20年前から衰退し始めた)
は、成長が最初に富を生み出し、次に中流層が生 まれ、その後に民主化と共に福祉国家になり、成 長が減速するという欧米のルートをたどるかもし れない。これは台湾と韓国が歩んだ道であり、
わば欧米化のオリエンタル版である。
皮肉なのは、独裁主義と民主主義の両方が、理 由はかなり異なっているものの、長期的な素晴ら しい成長と両立しないという事実である。中国は
いずれの隠れた障害についても避け
今のところ、
て進むことができている。景気の減速も反乱もな く、経済大国になった――これは前例のない政治的 な奇跡である。その戦略は市場を解き放ち、政治 に足かせをする
である。
中国はこの道を歩み続けられるだろうか。歴史 の審判からすると、
このエッセーは11月4日にリブライト社から出 版されるジョセフ・ジョフィ氏の著書『The Myth of America's Decline: Politics, Economics and A Half Century of False Prophecies』から抜粋した。 ジョフィ氏はドイツで最も広く読まれている週間 新聞ディー・ツァイトの編集者で、
ンスティテューションとスタンフォード大学フ リーマン・スポグリ国際教育研究所の特別研究員 を務めている。
Android携帯からの投稿