スペインの作家、セルバ ンテスが著した『ドン・キ ホーテ』の中で、騎士気取 りの主人公が風車に突撃す るシーンがある。滑稽にし て悲哀にも思える名場面だ。実は最近、中国国家 主席、習近平氏の行いを見ていると、彼のやって いることはことごとく、ドン・キホーテと風車と の闘いに似てきているような気がする。
習氏が昨年11月の総書記就任以来、全力を挙 げて闘いを挑む相手の一つは党と政府の内部の腐 敗である。
「腐敗を根絶しなければ国が滅ぶ」という切実 な危機感の下、習氏は「ハエもトラも一掃する」 との大号令をかけ、疾風怒濤(どとう)のごとく 腐敗撲滅運動を展開してきた。
だが、汚職幹部の筆頭だった前鉄道相を極刑に 処することもできなかったことや、その上の「大 物トラ」に摘発の手が及ばなかったことなどか ら、鳴り物入りの腐敗撲滅運動も最近では
され、早く
がハエを払う運動」だと揶揄(やゆ)
もその限界を迎えている。
今、腐敗しきっているのは習主席自身の権力を 支えている幹部組織そのものだから、この得体 (えたい)の知れぬ「風車」への突撃は最初から 勝ち目はない。本来、腐敗撲滅の唯一の方法は一 党独裁体制にメスを入れることであろうが、それ ができないなら、「反腐敗」も中途半端に終わ る。
習主席が渾身(こんしん)の力を絞って闘おう とするもう一つの「風車」
今夏以来、習指導部は官製メディアと警察力を 総動員してネット上の反体制的世論に対する掃討 作戦を展開してきた。ネットへの検閲を強化しな がら多くのオピニオンリーダーの拘束・逮捕に踏 み切った。その一方で、知識人たちが求める
世価値」(民主・自由・人権などの普遍的価値) を、「西側の陰謀思想」だと決めつけ攻撃の集中 砲火を浴びせている。
は実に散々なものだ。
しかしその「成果」
人以上のネットユーザーがいるこの国では、ネッ ト上の発言をいくら検閲しても検閲しきれない し、いくら削除しても削除しきれない。今でも、 ネット言論の世界は依然として反政府一色であ る。
そして、政権による言論弾圧には身内の中央党 校からも批判の声が上がっている。今月初旬、
29人の民間弁護士が弾圧される人々を守るため の「人権弁護団」を堂々と結成して、政権と正面 から対抗する壮挙に打って出たばかりである。
習主席のやっていることはむしろ反対勢力の結 集を促して政権への求心力をよりいっそう弱める 結果となっているから、最高指導部の中でも最 近、彼の「風車との闘い」に嫌気をさして別の道 を歩もうとする動きが出ている(10日付本欄参 照)。そのままでは習主席は、天涯孤独の「笑い 物騎士、ドン・キホーテ」となってしまおう。
ドン・キホーテの滑稽さは、騎士の世がとっく に終わったのに自分一人だけが本物の騎士になり きろうとしたことにある。習主席も同じだ。就任 以来、彼はあらゆる場面で年代物の「毛沢東思
を持ち出したり、毛沢東の名言や格言を引用
想」
したりして毛沢東気取りをしている。
その腐敗撲滅運動の手法は毛沢東の「整風運 動」をそのまままねしたもので、言論への弾圧も 毛沢東の「文革」をほうふつさせている。つまり 彼は、毛沢東的なカリスマと強権政治がもはや存 続し得ない今の時代、毛沢東になろうとしている のだ。ドン・キホーテ流の「騎士妄想」そのもの である。ましてや、民主・自由と人権などの世界 共通の普遍的価値に矛を向けようとするとは、時 代錯誤はすでに限度を超えている。
と闘う習主席の失敗はもはや避けられ
「風車」
ない。そこから新しい政治の方向性が生まれてく るかどうか、今後注目すべきである。
◇ 【プロフィル】石平
せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北 京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院 文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経 て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など 著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
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