第2次安倍晋三政権が発足して早くも9カ月余 りが過ぎた。懸案を一挙に処理しようとして味 わった第1次政権での蹉跌(さてつ)を苦い教訓 として、まずアベノミクスと称される経済政策に 全力を傾注し、一定の成果を挙げた。それでもた らされた高い内閣支持率を背景に、慎重な目配り をしながら、いよいよ本格的保守政権としての“安 倍色”を出そうとしている。
≪問題化しなかった靖国参拝≫
その一つとすべきが自らの靖国神社参拝の再開 であろう。
思い起こせば、昭和60年の中曽根康弘首相の 参拝、次いで平成8年の橋本龍太郎首相の参拝を 経て、小泉純一郎首相が平成13年8月13日に 詣で、在任5年間で6回も参拝を重ねた。しか し、後任者たちはことごとく見送って今日に至っ ている。この2度目の休止期間のきっかけを作っ たのが、他ならぬ第1次安倍政権なのである。
周知のように、首相の靖国参拝は、占領末期に 吉田茂氏が行って以来、四半世紀にわたり何ら問 題とされずに続けられてきた。激しく論議される ようになったのは、昭和50年の三木武夫首相の 参拝からである。論点は専ら、憲法が定める政教 分離原則に抵触するか否かという国内問題にあっ た。
三木首相が、それまで当たり前のこととされて きた「公式参拝」を「私的参拝」に切り替えて憲 法論議を避けようという、姑息(こそく)な手段 を弄したのが発端である。このため、以後の首相 は(恐らく)心ならずも「私的参拝」を踏襲せざ るを得なくなった。これが最初のボタンの掛け違 えである。
≪憲法、そしてA級戦犯問題≫
対照的に、「公式参拝」合憲の論理を正面から 提示してこれを克服し、10年の時を経て公式参 拝を再開したのが中曽根首相だった。だが、直後 に、中国が靖国神社にいわゆる「A級戦犯」が合 祀(ごうし)されていることを理由として反発し たのに屈し、参拝を取りやめた。その後、平成の 首相は在任中には靖国神社の境内に入ることがで きないという異常な状態が続く(後に韓国も追随 する)。これが第2のボタンの掛け違えである。
そんな閉塞(へいそく)状況が16年に及び、 それを打ち破って参拝したのが、小泉首相であ り、公人であるか私人であるかは必ずしも明確に しなかったものの、中韓両国の反対にも膝を折る ことがなかった。小泉氏の執念ともいってよいこ の参拝実現のため、内外の圧力に抗しながら裏方 として尽力したのが、小泉内閣の官房副長官であ り後に官房長官にもなった安倍氏である。その安 倍氏が小泉首相の後継者になったとき、参拝継続 を強く望んだのは当然のことである。
しかるに、中韓両国の執拗(しつよう)な反対 が続き、小泉参拝で日中、日韓首脳会談が途絶え て北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議にも暗雲が 垂れこめたことに懸念を抱いた米国の圧力も加 わって、安倍首相は遂(つい)に参拝ができずに 終わった。爾後(じご)の首相参拝の途絶にも少 なからぬ責任を感じているとみられる首相が後に 「痛恨の極み」と嘆じたのも宜(むべ)なるか な、である。
それから雌伏6年、昨年12月の衆議院選挙で 大勝して再び首相の印綬を帯び、この7月の参議 院選挙でも圧勝して政権基盤を確固たるものとし た今日、年来の悲願を果たすべき政治的環境は十 分に整っている、といってよい。
≪着々と布石を打っている?≫
いや、それどころか、安倍首相はすでに着々と その布石を打っているのかもしれない。7年余に 及ぶ首相参拝のブランクという現実を厳しく受け 止め、時間をかけて辛抱強く地ならしをしてきて いるようにも思えるからだ。
すなわち、昨年末の組閣直後にも参拝するので はないかとの臆測が一部で流れたが、まず今年4 月の春季例大祭では靖国神社に真榊(まさかき) を奉納した。安倍氏が首相として初めて真榊の奉 納を行ったのは、第1次政権時代の平成19年4 月である。中曽根首相が中断して以来だから、実 に22年ぶりの再開だった。麻生太郎首相がこれ に続いたものの、民主党政権では沙汰やみとなっ ていた。したがって、今回の奉納は再々開に当た る。
次いで、内外の注目を集めたこの8月15日に は、参拝を見送ることをあらかじめ公表し、萩生 田光一・自民党総裁特別補佐を名代に立てて参拝 させ、ポケットマネーから支出した玉串料を奉納 した。その際、首相は萩生田補佐に対して「先の 大戦で亡くなった先人の御霊(みたま)に尊崇の 念を持って哀悼の誠を捧(ささ)げてほしい。本 日は参拝できないことをおわびしてほしい」と 語ったと報じられている。
新聞各紙はこれを、「参拝に代わる玉串料奉 納」と簡単に位置付けたが、単なる金員の奉納で はなく、正確には、現首相の地位にある自民党総 裁による代理参拝と称すべき方式であって、その 意義は決して軽いものではない。
こう見てくると、次のステップは、首相自らが 靖国神社に参拝することにならざるを得まい。そ して、その機会は、この10月17日から始まる 秋季例大祭であろう。7年ぶりの靖国神社参拝を 心より願い、期待する所以(ゆえん)である。 (おおはら やすお)
Android携帯からの投稿
≪問題化しなかった靖国参拝≫
その一つとすべきが自らの靖国神社参拝の再開 であろう。
思い起こせば、昭和60年の中曽根康弘首相の 参拝、次いで平成8年の橋本龍太郎首相の参拝を 経て、小泉純一郎首相が平成13年8月13日に 詣で、在任5年間で6回も参拝を重ねた。しか し、後任者たちはことごとく見送って今日に至っ ている。この2度目の休止期間のきっかけを作っ たのが、他ならぬ第1次安倍政権なのである。
周知のように、首相の靖国参拝は、占領末期に 吉田茂氏が行って以来、四半世紀にわたり何ら問 題とされずに続けられてきた。激しく論議される ようになったのは、昭和50年の三木武夫首相の 参拝からである。論点は専ら、憲法が定める政教 分離原則に抵触するか否かという国内問題にあっ た。
三木首相が、それまで当たり前のこととされて きた「公式参拝」を「私的参拝」に切り替えて憲 法論議を避けようという、姑息(こそく)な手段 を弄したのが発端である。このため、以後の首相 は(恐らく)心ならずも「私的参拝」を踏襲せざ るを得なくなった。これが最初のボタンの掛け違 えである。
≪憲法、そしてA級戦犯問題≫
対照的に、「公式参拝」合憲の論理を正面から 提示してこれを克服し、10年の時を経て公式参 拝を再開したのが中曽根首相だった。だが、直後 に、中国が靖国神社にいわゆる「A級戦犯」が合 祀(ごうし)されていることを理由として反発し たのに屈し、参拝を取りやめた。その後、平成の 首相は在任中には靖国神社の境内に入ることがで きないという異常な状態が続く(後に韓国も追随 する)。これが第2のボタンの掛け違えである。
そんな閉塞(へいそく)状況が16年に及び、 それを打ち破って参拝したのが、小泉首相であ り、公人であるか私人であるかは必ずしも明確に しなかったものの、中韓両国の反対にも膝を折る ことがなかった。小泉氏の執念ともいってよいこ の参拝実現のため、内外の圧力に抗しながら裏方 として尽力したのが、小泉内閣の官房副長官であ り後に官房長官にもなった安倍氏である。その安 倍氏が小泉首相の後継者になったとき、参拝継続 を強く望んだのは当然のことである。
しかるに、中韓両国の執拗(しつよう)な反対 が続き、小泉参拝で日中、日韓首脳会談が途絶え て北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議にも暗雲が 垂れこめたことに懸念を抱いた米国の圧力も加 わって、安倍首相は遂(つい)に参拝ができずに 終わった。爾後(じご)の首相参拝の途絶にも少 なからぬ責任を感じているとみられる首相が後に 「痛恨の極み」と嘆じたのも宜(むべ)なるか な、である。
それから雌伏6年、昨年12月の衆議院選挙で 大勝して再び首相の印綬を帯び、この7月の参議 院選挙でも圧勝して政権基盤を確固たるものとし た今日、年来の悲願を果たすべき政治的環境は十 分に整っている、といってよい。
≪着々と布石を打っている?≫
いや、それどころか、安倍首相はすでに着々と その布石を打っているのかもしれない。7年余に 及ぶ首相参拝のブランクという現実を厳しく受け 止め、時間をかけて辛抱強く地ならしをしてきて いるようにも思えるからだ。
すなわち、昨年末の組閣直後にも参拝するので はないかとの臆測が一部で流れたが、まず今年4 月の春季例大祭では靖国神社に真榊(まさかき) を奉納した。安倍氏が首相として初めて真榊の奉 納を行ったのは、第1次政権時代の平成19年4 月である。中曽根首相が中断して以来だから、実 に22年ぶりの再開だった。麻生太郎首相がこれ に続いたものの、民主党政権では沙汰やみとなっ ていた。したがって、今回の奉納は再々開に当た る。
次いで、内外の注目を集めたこの8月15日に は、参拝を見送ることをあらかじめ公表し、萩生 田光一・自民党総裁特別補佐を名代に立てて参拝 させ、ポケットマネーから支出した玉串料を奉納 した。その際、首相は萩生田補佐に対して「先の 大戦で亡くなった先人の御霊(みたま)に尊崇の 念を持って哀悼の誠を捧(ささ)げてほしい。本 日は参拝できないことをおわびしてほしい」と 語ったと報じられている。
新聞各紙はこれを、「参拝に代わる玉串料奉 納」と簡単に位置付けたが、単なる金員の奉納で はなく、正確には、現首相の地位にある自民党総 裁による代理参拝と称すべき方式であって、その 意義は決して軽いものではない。
こう見てくると、次のステップは、首相自らが 靖国神社に参拝することにならざるを得まい。そ して、その機会は、この10月17日から始まる 秋季例大祭であろう。7年ぶりの靖国神社参拝を 心より願い、期待する所以(ゆえん)である。 (おおはら やすお)
Android携帯からの投稿