その数々の反日的行為について、ここで明らかにしたいと思います。

(1)河野洋平氏は、自民党第16代総裁となりますが、自社さ政権で、社会党の村山氏が総理に就いたことから、自らは外相として政権を支える立場になりました。

1995年の「村山談話」は、「河野談話」を継承し、さらに「近隣のアジア諸国への謝罪」とその範囲を広げました。この「村山談話」も、当時、外相であった河野氏が主導したものと見られます。

参考:7/31(水)発刊『「河野談話」「村山談話」を斬る!日本を転落させた歴史認識』p.63~(大川隆法著、幸福の科学出版)⇒http://info.hr-party.jp/2013/1876/

(2)同様に「自社さ政権」下で、河野洋平氏の判断により、北朝鮮に50万トンのコメの無償支援を行っています。

「人道的立場」からの支援という名目ではありましたが、当時の北朝鮮の体制維持を強力に支えた結果となりました。

拉致問題が全く解決していないときに、なぜ、こうした「犯罪国家」を助けるようなことをしたのでしょうか?

(3)河野洋平氏が外相時代の平成13年、日中が中間線を越えて相手国の排他的経済水域(EEZ)内で海洋調査を行う場合、2カ月前までに「事前通報」すれば可能とする取り決めを行いました。

これは、国防上、「ありえない」判断ですが、河野外相はあっさりと許可を出しました。

その結果、既に中国は日本近海の海底調査を終え、日中戦争勃発時に、潜水艦がどの水路を通るか、綿密な海図が作成されているものと見られています。

(4)河野洋平氏は同様に、日中間で戦争中の日本軍の遺棄化学兵器の処理費用を負担することを決定しました。

実際は、終戦直後、ソ連軍により日本の兵器はほとんど持ち去られており、遺棄兵器は存在しないものと思われます。

中国は無いものを処理するための予算を要求していたのです。なぜ、こうした取り決めを行う必要があったのでしょうか?

(5)森喜郎内閣時代、台湾の李登輝氏が病気療養のため、訪日しようとした時に、中国は強く日本を非難し、予定していた政府高官の来日を次々と取りやめました。

この時、河野洋平外相は、自らの辞任もちらつかせて李登輝氏の訪日に猛反対して首相官邸と対立しました。(最終的には森首相が押し切りました。)

(6)本年7月、河野洋平氏は中国メディアのインタビューに応じ、「村山談話」と「河野談話」を見直そうとする安倍内閣の行動は日本と中韓両国との関係を数十年後退させると批判しました。(7/11 人民網「河野洋平氏が安倍首相批判」)

以上、河野談話を合わせて「七つの大罪」についてお伝えしました。




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