「河野談話」とは、1993年、当時の河野洋平官房長官による、従軍慰安婦問題への旧日本軍の関与を認めて謝罪した談話です。
河野談話は「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」と述べています。
更には「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担した」「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」として、従軍慰安婦の強制性を全体として認める内容となっています。
「河野談話」発表後、韓国との間で「従軍慰安婦」問題が更に過熱し、国際的にも、先の大戦で日本が「性的奴隷(sex slave)」を扱って来た根拠として「河野談話」が引用されて来ました。
「河野談話」は、軍や官憲が女性たちを強制連行したと読める内容になっていますが、実際には、強制連行を示す歴史的資料は全く存在せず、第一次安倍内閣は「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」との答弁書を閣議決定しています。(2007/3/16 「衆議院議員辻元清美君提出安倍首相の『慰安婦』問題への認識に関する質問に対する答弁書」)
また、昨年9月、自民党総裁選の共同記者会見で、安倍氏は「河野談話」について、「強制連行を事実上証明する資料はなかった。子孫の代に不名誉を背負わせるわけにはいかない。新たな談話を出すべきだ」と強調していました。
しかし、安倍首相は、首相就任後、この点を国会で追及されると「答弁は控えたい」などと継承するかどうかを曖昧にし、更に5月24日の閣議で、「河野談話」について、安倍内閣として継承する内容の答弁書を決定しました。(5/24 時事「河野談話を継承-政府答弁書」)
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河野談話は「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」と述べています。
更には「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担した」「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」として、従軍慰安婦の強制性を全体として認める内容となっています。
「河野談話」発表後、韓国との間で「従軍慰安婦」問題が更に過熱し、国際的にも、先の大戦で日本が「性的奴隷(sex slave)」を扱って来た根拠として「河野談話」が引用されて来ました。
「河野談話」は、軍や官憲が女性たちを強制連行したと読める内容になっていますが、実際には、強制連行を示す歴史的資料は全く存在せず、第一次安倍内閣は「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」との答弁書を閣議決定しています。(2007/3/16 「衆議院議員辻元清美君提出安倍首相の『慰安婦』問題への認識に関する質問に対する答弁書」)
また、昨年9月、自民党総裁選の共同記者会見で、安倍氏は「河野談話」について、「強制連行を事実上証明する資料はなかった。子孫の代に不名誉を背負わせるわけにはいかない。新たな談話を出すべきだ」と強調していました。
しかし、安倍首相は、首相就任後、この点を国会で追及されると「答弁は控えたい」などと継承するかどうかを曖昧にし、更に5月24日の閣議で、「河野談話」について、安倍内閣として継承する内容の答弁書を決定しました。(5/24 時事「河野談話を継承-政府答弁書」)
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