「村山談話」とは、1995年、戦後50年の終戦記念日にあたって、当時の村山富市首相(旧・社会党委員長)が閣議決定に基づいて、過去の「植民地支配」と「侵略」を認めた談話です。
村山談話は、日本が「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」と述べ、「痛切な反省の意」と「心からのお詫びの気持ち」を表明した卑屈な内容で、以降、日本の自虐史観と中韓による日本批判の根拠となっています。
安倍首相は2009年、村山談話について下記の通り、見解を語っています。(月刊「正論」2009年2月号「緊急対談・保守はこの試練に耐えられるか」より)
「侵略と言う言葉にしても、いつの間にか政府見解として定着してしまいましたが、実は村山談話以前、政府は侵略という言葉を使っていないんですね。
平成5年に自民党が野党に転落するまでは、どの首相も侵略という言葉を使っていない。竹下さんも踏みとどまっていた。
ところが村山談話以降、政権が代わるたびにその継承を迫られるようになる。まさに踏み絵です。だから私は、村山 談話に換わる安倍談話を出そうとしていた。」
しかし、その安倍首相も歴代の首相と同じく「踏み絵」を踏み、5月15日の参院予算委員会で、「村山談話」を受け継ぐことを表明しました。(5/16 産経「村山談話『継承』安倍首相が軌道修正」)
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村山談話は、日本が「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」と述べ、「痛切な反省の意」と「心からのお詫びの気持ち」を表明した卑屈な内容で、以降、日本の自虐史観と中韓による日本批判の根拠となっています。
安倍首相は2009年、村山談話について下記の通り、見解を語っています。(月刊「正論」2009年2月号「緊急対談・保守はこの試練に耐えられるか」より)
「侵略と言う言葉にしても、いつの間にか政府見解として定着してしまいましたが、実は村山談話以前、政府は侵略という言葉を使っていないんですね。
平成5年に自民党が野党に転落するまでは、どの首相も侵略という言葉を使っていない。竹下さんも踏みとどまっていた。
ところが村山談話以降、政権が代わるたびにその継承を迫られるようになる。まさに踏み絵です。だから私は、村山 談話に換わる安倍談話を出そうとしていた。」
しかし、その安倍首相も歴代の首相と同じく「踏み絵」を踏み、5月15日の参院予算委員会で、「村山談話」を受け継ぐことを表明しました。(5/16 産経「村山談話『継承』安倍首相が軌道修正」)
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